BUWECS 1st year

重点領域研究
「衛星計測」
成果報告会を開く

　1996年度から３年間の計画で始まった科学研究費重点領域研究「衛星計測による大陸規模の水・熱エネルギーフローの解明」（領域代表者　住　明正、東京大学気候システム研究センター）は、初年度の成果を報告するための成果報告会を１月27日－29 日の期間、千葉大学にて開催した。

初年度に得られた成果

　本研究組織は、「陸域」、「海洋」、「大気」、「植生」、「モデル」の各研究班で構成されている。初年度は各研究班とも、アルゴリズム開発とその予備的応用、既存の衛星成果物の理解と比較などを精力的に行ってきた。同時に、衛星関連研究の特色でもある大量の衛星データの収集や、データ・アーカイブ装置、データ処理装置などの整備にも力が入れられた。十分では無いが、研究コミュニティーにとって役立つ衛星リモートセンシング関連の投資がこの重点研究を機に行われ始めたと言えるだろう。

　報告会のはじめの２日間では、計画班および公募班による初年度の成果報告が発表され、活発な科学的討議が行われた。大会第３日目は、研究を支える５つの研究班の会合と、作業を支える各種ワーキンググループ（GMS, AVHRR-GAC, AVHRR-LAC, LANDSAT、データセンター）の会合が開かれ、具体的な研究計画と作業計画について討議が行われた。

　陸域班の成果発表では、降水、積雪、土壌水分のSSM/I等による導出の可能性が示された（図１）。

図１：
SSM/Iによるチベット高原での表層土壌水分の時空間分布。二周波でのマイクロ波輝度温度を用いた表層湿潤度の指標と表層土壌水分との関係を航空機同期実験で同定し、適用したもの。図は各月の21-25日の平均で、チベット高原では５月、高原東北部より湿潤化が始まり、６月下旬には中央部で最も湿潤になる（白い部分）。高原の広い範囲が湿潤化するのは７月で、その後８、９月と湿潤な領域は減少し、１０月下旬にはほとんどの領域で乾燥化する。
（長岡技術科学大学　長岡小池俊雄提供）
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衛星成果物と実データの比較も精力的に行われた。例えば、降水に関する既存衛星成果物であるGPCP（全球降雨気候計画）データセットを実データと比較した所、衛星データはチベット域などで過小評価していることが明らかになった。また、SSM/Iによる４示され、得られた結果が手法によってかなり実測からばらつくことが示された。地表面熱収支解析研究の現状によれば、各エネルギー収支項を求めるための精度は20Wm-2 程度であることが指摘され、この観点から衛星成果物と地上観測の同時解析が精度の良い収支解析のためには必要であることが示された。土壌水分等のモデリングに関しても、SARから粗度を求めるなど、モデルパラメーターの導出を衛星で行う努力が払われた。　海洋班の重要な役割として人工衛星データを用いた海面フラックスなどの推定があげられるが、初年度はその導出について種々の検討が行われた。その結果の一例として、各物理量についての西太平洋における１９９３年１月の分布（ただし、短波放射については１９８８年１月）が示された（図２）。

図２：
　1993年1月における潜熱フラックスの分布図。単位はW/㎡である。等値線の間隔は50W/m2である。
（東海大学　久保田雅久提供）
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短波放射・潜熱フラックスに関しては、レベル１として定義された精度の目標を既に満足している事が明らかにされた。また、顕熱については、南半球での推定値が非常に不安定であるという問題点が、また運動量フラックスについては、月平均値を算出する際にエイリアジングが存在するという問題点が指摘された。一方、蒸発量と降水量に関する結果も示されたが、結果を検証するための現場観測データの欠如が問題であることが報告された。さらに、海面高度計による観測結果も示されたが、赤道域での海面流速の推定にまだ問題が残っている事も明らかになった。海面フラックスの海洋に対する役割を明らかにするために行われているモデル研究の結果も発表されたが、暖水プールの暖水は赤道中央部から補給されているという興味深い結果が示された。さらに、マイクロ波放射計データの応用例として、アジア地区の水収支のかなりの部分が前線帯での降水によることや、オホーツク海氷の海氷密接度が長期変動をしている可能性が示唆された。　大気班では降雨、雲、水蒸気、エアロゾルなどの新しい成果物の予備的解析例が報告された（図３）。

図３：
SSM/IデータとISCCP/DXデータより求められた可降推量（WVC）、気柱水量（LWP）、気柱氷量（IWP）、降雨強度（RR）、および風速（U）。 1992年８月２日の台風の例。
（東北大学　早坂忠裕氏提供）
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また、雲の放射強制力などの場を計算するための物理モデルの精度についての議論がされた。ある報告では、衛星から得られた雲成果物を利用すると 7W/m2程度の精度で外向き赤外放射量を推定できることが示された。別の報告では、 ISCCP/D1データセットを利用した赤道域の雲システムに関する放射収支解析が示された。それによると、赤道域の放射強制力の振動を引き起こしているのは、マッデンジュリアン振動に伴う対流雲であることが分かった。また、雲システムは西太平洋で加熱、東太平洋では冷却になることが示された。しかし、西太平洋での加熱は、実際の衛星観測値であるERBEデータではより中立であることが指摘され、物理モデルによる算出にも問題があることが示された。同時に非断熱加熱項や水蒸気収支を求める収支解析も行われた。それによると２つの客観解析データセットであるNCEPとECMWFを使用するのでは、評価がかなり異なることが明らかになった。また、今までデータの少なかったインドネシア、ビルマ、ミャンマー域の降雨量データの収集など、検証データ作りも進んでいることが報告された。　植生班では、植生指標の時間変動や地域特性について研究が行われた。これらの植生指標の推定における水蒸気やエアロゾルの影響なども詳細に調べられた。また、より信頼性の高いGVI（全球植生指標）を得るための基礎データとなる植生反射率のスペクトル特性やBRDF（双方向反射関数）などを測定するシステムの構築努力がなされていることも報告された（図４）。

図４：
植生班で開発された地表面分光反射率測定装置
（千葉大学　梶原康司氏提供）
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植生分類には空間分解能の高い膨大な量の衛星データを解析して、晴天輝度のコンポジットデータセットを均質な精度で作成しなければならない。そのような解析の準備のために、初年度は高精度幾何補正手法の開発や自動分類手法の開発が行われた。また、これらのアルゴリズムの実データへの応用例なども紹介された。

　モデル班は、衛星成果物による新しい情報をモデルの検証、高精度化に役立てると同時に、定量的な水・熱エネルギーフローの評価に向けての衛星データの４次元同化手法の開発を行っている。大陸上の河道網を含むマクロ水文モデル、多様な植生面上のフラックス算定法、高緯度土壌水分の凍結過程の循環へのインパクト等についての報告が行われた。また、モデルと大気データを組合わせた土壌水分推定、放射輝度・降雨量などの高解像度大気モデルへの直接同化手法や、海面高度情報と海洋モデルを組み合わせた同化手法など、衛星データの有機的な利用法についての研究報告が行われた。

　以上の研究報告を総合すると、その導出自体が科学的寄与となるような新しい成果物が得られる可能性が強く示されたと言える。残る２年間で、アジア域において１度 ×１度の分解能で、これらの新しい成果物を得る期待が膨らんだと言える。同時にNA SAやNOAAによって作られている既存成果物についても、アジア域で詳細に見てみると問題が大きいことが明らかになってきた。これらの問題を解決することも、本研究の重要な課題になると思われる。今年度（1997年度）は、このような活動をさらに進めることによって、重点期間として設定された３つの期間である1988年、1992年10月から1993年9月、1996年の例について詳細な解析を行ってゆく予定である。その過程で、「陸域」、「海洋」、「大気」、「植生」各圏の間でデータと成果物の交換が重要になってくると思われる。圏間で交換する必要がある情報は、大気班から陸域班への放射収支場、陸域班から大気班へのアルベドと射出率、大気班から植生班への雲スクリーニング情報、エアロゾルなどがあげられる。成果物をどのように「モデル」班で利用するかについての議論も始まった。検証に関しては、GAMEの特別集中観測（1998 年）などが重要であると思われる。

　大会第３日目には、各研究班とワーキンググループの会合が行われ、プロジェクト運用に関する意見交換が行われた。各研究班からは、班相互の話しあいの必要性が指摘された。特に収支解析に関する組織的な活動の必要性が指摘された。GMSワーキンググループでは、0.05度分解能のGMSデータをWeb上に公開し始めた。AVHRR-GACワーキンググループでは、GACデータの整備が進んでいることが報告された。また、地表面放射収支を得るために重要なISCCP/B1,B3などの静止衛星データの収集も行われた。AVHRR-LACワーキンググループでは、1km分解能のLACデータ収集のための調査が進んでいることが報告された。また、新たな受信局の可能性などについて議論された。データセンターワーキンググループでは、ワークショップ等を開いて意見交換と啓蒙を行っている現状が報告された。インターネットによるネットワーク使用が一般化されるにつれて、各拠点間のデータ交換が進んでおり、構想の正さが実証された。また、コミュニティー全体の資産としてデータアーカイブが重要であることが再確認された。

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