地球の表面の約70%を占める海洋は、太陽放射エネルギーを吸収し熱と水蒸気を大気に与え、その運動エネルギーの源となっています。また、二酸化炭素等の温室効果物質は海洋にも溶存しており、大気と海洋のやり取りで大気の物質濃度が決められています。これらの熱と溶存物質は、そこに生活する生物との間にも重要な相互作用を生み出します。この様に大きな容量を持つ海洋は、気候システムの理解にとって不可欠な存在なのです。海洋モデリング分野はこれらの海洋の大循環を明らかにします。
英語版へ◆ 中規模渦と海洋大循環の相互作用
◆ 世界海洋大循環における南極環海の役割
◆ 深層水・底層水の形成過程
◆ 海洋拡散のパラメータ化
◆ 海洋における炭素循環
海洋の大循環はその駆動力によって、洋上の卓越風による風成循環と海面を通しての熱収支・水収支の地域差による熱塩循環とに分けて考えることができます。いま便宜的に、躍層(水温が深さ方向に急激に変化する層)付近を中層、それから上を表層、下を深層と呼ぶことにすると、今までの研究によって、表層では風成循環が、深層では熱塩循環が卓越し、中層はこれらの循環が拮抗する深さにあると考えられます。表層に比べ中層や深層の循環の実態は、観測の困難さのためあまり把握されていません。例えば、深層流の時間平均流速は、毎秒 1cm 以下で非常に小さいため直接測定を行うことがほとんど不可能ですし、その上、毎秒 10 cm以上の流速を持つ直径100〜400kmで海面から海底付近まで達する中規模渦と呼ばれる渦が全世界の海洋に充満しているのです。
上の図は今迄に測定された塩分、溶存酸素、栄養塩、フロンそして種々の元素の同位体比などのトレーサの分布と風成循環・熱塩循環から理論的考察によって得られた海洋循環を模式的に表したものです。図に示す様に海洋はその性質から4層に分けられ、その各々は異なる循環を行っています。我々は、この循環像を基に世界海洋大循環の実態把握とモデルでの再現に取り組みます。また、その検証のために、現在実施中の熱帯海洋大気大循環(TOGA)や世界海洋循環実験(WOCE)から得られる観測結果との比較にも力を入れます。この様な比較を通して、より良い循環像を求めることこそ海洋モデリング分野の重要な任務なのです。
海洋大循環を記述する方程式系は、同じ地球上の流体である大気の場合に比べると、雲物理・放射過程を含まないだけ簡単なものです。海氷についても熱力学過程は比較的簡単なものだと言えます。しかし、海洋には様々な時間・空間スケールの現象が存在し、しかもそれらの間の相互作用が非常に強いのです。従って、格子間隔以下の小さなスケールの現象をどのようにパラメータ化するかが重要な問題になります。海洋大循環モデルはこうして得られた方程式系を数値的に解くものですが、海洋を取り囲む海岸・海底地形が複雑であり、その上循環に密接に関連する成層構造が存在するために、解法には様々な工夫が必要なのです。しかも、地球規模の気候変動問題の解明のためには、南極環海によって結びつけられた世界の大洋を一つのものとして取り扱わなければなりません。この様な大規模なシステムには、前述した様に様々な時間スケールの現象が混在するために、その計算には膨大な時間がかかってしまいます。気候モデルとしての世界海洋大循環モデルの水平格子間隔は、計算機の能力の限界から今世紀中はせいぜい1度程度にしかできないのです。従って、この格子間隔では表現できない現象のパラメータ化の様な基礎的な研究も行わなければなりません。特に、中規模渦と大循環の関わりの理解は大事です。また、種々の原因によるより小規模な拡散現象を適正にパラメータ化しなければなりません。