海洋深層循環の概要


海洋の深層(深さ数千メートル)には、大洋をまたぐ全球的な循環が存在しています。この海洋深層循環は、我々の住む地球表層環境を決める上でも重要な役割を持っています。海洋深層循環は、海面での密度差によって駆動されていますが、その循環によって暖かい水と冷たい水の交換が起こり、その結果太陽から受け取るエネルギーの地域的な不均一を解消し我々がより生活しやすい環境を維持していると考えられるからです。現在、この海洋深層循環の起源となる水は、北大西洋高緯度域と、南極大陸の陸棚周辺で生成されていることが知られています。大西洋ではより活発な深層循環が存在していることから、ヨーロッパでは高緯度に位置しながら比較的温暖な気候が維持されています。

 


海洋深層循環は世界中を巡り次第に暖められながら上昇していきます。現在、海洋深層での流速の観測データはまだ十分に揃っておらず、海洋深層循環がどのような経路を通って上昇しているのかは詳しく分かっていません。我々のグループでは数値モデルを使った研究を行っており、その循環像の解明は大きな課題の一つです。





地球温暖化と大西洋深層循環

地球温暖化の影響で海洋深層循環が変化し、さらなる気候変動を引き起こすのではないか、ということが議論になることもあります。そのような懸念に対してより確かな科学的な回答を得るためにも、気候センターでは気候モデルの開発、改善を行っています。最新のモデルの結果からは、温暖化によって大西洋での深層循環は弱まりますが、完全に停止する可能性は低いと考えられます。また、その弱化の原因には、「海面での水収支(降水、蒸発、河川流入など)の変化」と「海面での熱収支の変化」が考えられますが、後者の効果が支配的であることもわかってきました。世界中の研究機関で同様な計算が行われ、モデル間の結果の比較も行われています。我々のモデルもこのような国際的な比較プロジェクトに積極的に参加し、今後のモデルの向上に役立てています。




炭素循環と海洋深層循環


海洋中には大気中の約50倍もの炭素が含まれており、大気との間で常に炭素の交換が起こっています。よって、大気中の二酸化炭素濃度は、海洋中での炭素循環にも大きく影響を受けています。海洋中の炭素は、海洋表層では生物によって利用され、その死骸や排泄物として沈降し深層で再び分解します(生物ポンプ)。一方、海洋深層循環は生物ポンプにより深層に落とされた炭素を集めながら世界中を巡り、その上昇流とともに炭素を海洋表層に戻しています。また、生物活動に必要なさまざまな栄養塩(リン酸、硝酸など)も炭素と同様に海洋中を循環しています。さまざまな物質を運ぶ海洋深層循環の「ベルトコンベアー」としての役割についての研究も重要な課題のひとつです。