熱帯大気と気候


 地球は低緯度で大きく高緯度で小さい太陽放射エネルギーを受け取っています。このアンバランスが地球大気の大循環を駆動しています。そして低緯度の地表面で受け取る太陽放射エネルギーを大気に運び上げる役割を果たすのが積雲対流活動です。熱帯の積雲対流は、雲<中規模雲群<大規模雲群という具合に階層的に組織化し、数千
kmスケールの大循環とも相互作用しています。しかしその一方で、降水過程の本質は水蒸気・水・氷の相変化を含む微物理過程であるため、モデル化はもちろん正確な現象把握も容易ではありません。私達の研究室では、主に衛星データや全球気象データを用いたデータ解析により、熱帯大気と気候との関係を様々な角度から研究しています。



1.宇宙から見た熱帯・亜熱帯の降水システム

TRMM(熱帯降雨観測衛星)

TRMM1997年11月に日米協力のもと打ち上げられ、南緯36度〜北緯36度の熱帯・亜熱帯地域の降雨を観測するというミッションを負っています。特に降雨レーダー(PR)を搭載したことは画期的で、これにより降雨強度の3次元分布があらゆる場所で観測できるようになりました。




今年、米南部に甚大な被害をもたらしたハリケーン・カトリーナTRMMは観測していました。30mm/hr以上の強い雨がリング状に分布している様子が見られます。降水は高度14kmまで達しています。因みに、カトリーナではありませんが高度18kmで観測された降水もあるそうです。(JAXA/NICT提供)

☆対流雨と層状雨


TRMMの降雨レーダーによる降雨の3次元分布の情報から、降雨のタイプを短時間に強く降る対流雨と比較的弱くシトシト降る層状雨に分類することができます。スコールライン等の対流システムのように降雨がよく組織化されている場合には層状雨の割合が高くなり、夕立のように散発的な雨が多い時には対流雨の割合が高くなります。同じ雨量でも雨の降り方が違えば地表面への影響や気候への効果が変わってきますから、このような分類はとても重要です。

4から、一般に陸上では対流雨が多く、海上では陸上に比べ層状雨の割合が多いことが分かります。海上では50%もの雨が層状雨で降っていること等、熱帯降雨の様々な特性がTRMMデータの解析で初めて明らかになりました。現在台風の降雨特性も解析しています(図5)。意外なことに台風に伴う雨は、熱帯海洋上の平均よりも層状雨で降る割合が大きいことなどがわかってきました。


☆降雨タイプの分布

強度や持続時間等の雨の降り方(降雨特性)は、低気圧・夕立・台風といった降雨要因に深く関係しています。私達は、TRMMの降雨レーダーや雷観測装置を活用して、世界で初めて衛星降雨データの統計による卓越する降雨要因の推定に挑戦しました。


MJOの降雨と雷

MJOがもたらす降雨はどのようなものでしょうか。私達は、TRMMによって得られたデータを用いてその特性を調べました。

意外なことにMJOの雲活動が活発な時期よりも不活発な時期のほうが、雷活動が盛んであることが分かりました。MJO活発期は広い層状雨を伴う組織化された対流システムが支配的であるのに対し、不活発期は背の高い雷を伴うような単発的な夕立の雨が支配的であると考えられます。

2.熱帯気象とマルチスケール間相互作用

★エルニーニョとマッデン・ジュリアン振動(MJO)

通常赤道付近の表層の暖かい水は、赤道域の東風により東域ほど浅くなっています。エルニーニョ時は東風が弱まり、この傾きがなくなります。これに伴い、対流活動域も太平洋全体に広がります。



MJOは、赤道上を東向きに伝播する40-50日周期で地球規模のスケールを持った対流圏の現象です。東半球では積雲対流活動を伴っています。成熟したMJOが作り出す赤道上の強い西風が開始期のエルニーニョの発達を加速することが指摘されています。

★西風バーストとエルニーニョ

熱帯赤道域において局所的に強い西風が数日間持続することがあり、西風バーストと呼ばれています。

西風バーストは短時間(数日)スケールの現象ですが、海洋に与える風応力を通じてエルニーニョの開始を促進すると言われています。右図から、赤道太平洋域では海面温度が高い(29℃以上)領域と対応して西風バーストが発生しており、エルニーニョとの関係が大きいことが分かります。

また、西風バーストのほとんどはMJOの構造変化により発生しているので、エルニーニョの作り出す大規模場自体がMJOから西風バーストを生じさせるのに好都合な条件を与えていることが示唆されます。



★エルニーニョを吹き飛ばした赤道上の積雲群

1997-98年のエルニーニョは過去最大でした。このエルニーニョに伴い中部〜東太平洋の海面水温は1998年5月上旬まで平年値より顕著に高い値を示していましたが、5月のひと月で急激に降下し、大規模大循環は一気にラニーニャ状態に変遷しました。この突然のエルニーニョの終息にMJOが重要な役割を果たしていたことが示されました。

MJOに伴い東進する対流システムの発達過程

MJOの東進メカニズムについては統一的な見解は得られていません。私達は、MJOに伴い東進する対流システムの発達の様子を知ることで東進メカニズムを解明する手がかりが得られるのではないかと考え、発達過程を高解像度の雲データを用いて詳細に調べました。