海洋大循環モデルの課題

海洋大循環モデルは海洋大循環の振る舞いを調べるのに有用な道具である。また、気候モデル の重要な部品でもある。しかし、まだ改良すべき点が沢山ある。

海洋大循環モデルはコンピュータープログラムである。プログラム中では、海洋を 経度・緯度・深さ方向に格子状に分割し、各格子点に温度・塩分・速度などの値を 割り当て、その値の変化を物理法則に則って計算する。格子が細かければ細かいほ ど現実の循環を再現できるはずであるが、コンピューターの能力には限界があるた め、現状では緯度・経度方向に100 km程度、深さ方向に数10 mから数 100 m程度がせいぜいである。従って、格子点に割り当てた値は、この水平 100 km、鉛直 10 〜100 m の範囲の平均的な値を表しているということになる。問題は、表すことの出来 ない格子より小さい規模の現象が、大循環にも影響を及ぼしてしまうことである。その ため、このような小さな規模の現象の影響を何らかの形で表現してやらないと、大循環 の振る舞いを正確に表すことが出来ないのである。それ以外にも、格子が粗いことによ る誤差の問題もある。

海底境界層の再現

海底付近には他とは様子の違う流れがあり、この部分を海底境界層と呼んでいる。グリー ンランド海から海底付近を流れ北大西洋に入ってくる冷たい水の流れや、南極のウェデ ル海から同様に出てくる冷たい水の流れには、海底境界層が重要な働きをしているとい われている。しかし、普通の海洋大循環モデルの荒い格子間隔では、海底境界層を直接 表現することは出来ない。そのため、そのような冷たい水の流れが海洋大循環モデルで は不充分で、世界中の深層の温度が現実よりかなり高くなってしまうという問題があっ た。そこで、粗い格子間隔であっても何とか境界層の影響を表現しようという試みがあ る。図1は、最近開発された海底境界層の表現方法を CCSR の海洋大循環モデルに組み込んでみたものである。図は境界層内の温度分布を示している。グリーンランド海やウェ デル海から冷たい水がよく流れ出している様子が見られる。このことによって世界中の 深層の温度は下がり、モデルの結果が現実に近くなる。


図1: 海底境界層中の温度分布 (中野, 1999)

鉛直拡散の問題

熱塩循環と呼ばれる海洋深層を巡る大循環の強さやパターンは、海洋内部の鉛直拡散に非常に強く依存している。従って、鉛直拡散が正確に分からなければ、熱塩循環も正確には 分からない。鉛直拡散は、大循環モデルの格子では到底表現できないような小規模の乱れ た流れ(乱流)が水を混ぜることによって起こっている。この混合の効果は、鉛直拡散係数 という混合の強さを示す値で大循環モデルの中に取り込まれているが、乱流の様子が正確 には分からないため、鉛直拡散係数の値も正確には分からない。図2は、鉛直拡散係数の 鉛直分布を二通り用意して、そのとき熱塩循環がどのように変わるかを大循環モデルで調 べたものである。この二通りの拡散係数の分布のうちどちらが現実の分布により近いのか が分かる程の観測はない。このように、鉛直拡散係数の分布を少し変えただけで熱塩循環 の様子が大きく変わるということは、大循環モデルの精度を上げるためには鉛直拡散係数 の値を正確に決めるための研究をしなくてはならないということである。これは研究者が 現在取り組んでいる大きな課題である。

上図2: 二通りの鉛直拡散係数(右)を使ったときの、太平洋の循環の違い(左)。 理想化した地形の海洋大循環モデルの結果(辻野ら, 1999)。

格子間の値の推定法

海洋大循環モデルの中では、物理法則に則って温度・速度などの変化を計算するが、その 過程で格子間の値が必要になることがある。しかし、格子間の情報はそもそもないのであ るから、その値は推定するしかない。その推定の仕方によって、モデルの結果が変わって しまうことがあり、より高精度な推定法を採用してモデルの精度を上げる努力がなされて いる。図3の上の二つの図は、温度・塩分の格子間の値の推定に簡便な方法を用いた結果 と、プログラムの複雑さを厭わずに高精度な方法を用いた場合の結果を比較している。高 精度な方法の方が、温度躍層がシャープになるなど、現実に近づいている.

下図3:大西洋中央付近の温度の断面

(左)従来の移流スキーム(右)高精度スキーム
それぞれクリックすると拡大図が見られます。

(下)格子間の値の推定法の違いの概念図。