一見、何もしていないように見える植物ですが、地球環境を決定する上では重要な要素であり、また過去には 現在よりも広い範囲を覆っていた時代もありました。その植物の気候決定における役割を調べることは、将来の 地球環境の予測にとっても重要なことです。私たちは気候モデルを用いて、植物が大気・気候に影響を与えるメカニズムを研究しています。

植物

図1:植物の代表的な効果

 地球上の植物の分布は、気候帯の分布と非常に密接な関係があります。各種の植物ごとに生育可能な環境条件が 異なっているため、自分が適応している気候の下でしか生存できないからです。言い換えるならば、 植物の分布は気候によって決まっているということです。
 一方、植物は図1に代表されるさまざまな効果を通じて大気に影響を与えています。したがって、長期的な視点では植物は気候に影響を与えていることになります。
 このように、植物は気候システムの構成要素(サブシステム)の一部であり、大気・海洋等の他のサブシステムとの相互作用で分布が決定されます。過去の気候の再現や、地球温暖化予測の上で非常に重要な要素といえます。
 我々は気候モデルと陸面(植生)モデルを組み合わせることで気候と植物が互いにどのような影響を与え合っているのか、どのように気候と植物の分布が決定されるのかについて研究を進めています。

気候決定に対する植物の役割

 植物が全球の気候に対して与える影響を調べるために、仮想的に全陸地を森林で覆った場合と砂漠で覆った場合の2通りの数値実験を行いました。
 その結果、以下のことが明らかになりました。

[1]植物の存在により、熱帯域では降水が著しく増加する(図2)
[2]植物の存在により、熱帯域では地表気温の低下が、北半球高緯度域で  は地表気温の上昇が起きる(図3)

図2:全面森林実験と全面砂漠実験の降水の差(mm/年) 図3:図2と同様の地表気温の差(K)

サハラの現在と過去

図4:北アフリカの降水機構・南北断面図5:人工衛星から観測した降水(TRMM)

 図4に示したように、現在はアフリカ大陸の北緯15度以南で上昇し た湿潤な大気は、そこで水分を降水として失って乾燥し、より大規模 な大気循環によって北緯20度以北で下降します。この下降域では降 水が少なくなっており(図5)、広大な砂漠が広がっています。



図6:過去の植物の痕跡(Hoeltzmann 1998) に加筆

 一方、約9000-6000年前に、地球全体が今よりも湿潤な時代があったことが、植物の花粉や湖の水位の痕跡から明らかになっています。この時代、アフリカ北部には現在よりも広範囲に植物が繁栄していたと考えられています。図6は痕跡の一例で、主に花粉から推定された植物の分布です(緑色)。
 当時の地球は現在とは地軸の傾き等が違っていたため(図7)夏の大気循環が強く、北半球の陸上は温暖・湿潤 であったことはほぼ間違いないのですが、それだけではアフリカ北部へ広がった植物帯を説明することはできま せん。そこで、アフリカ北部へ広がった植物の効果を加味して当時の気候を再現する数値実験を行いました。
 その結果、当時のアフリカ北部では夏に北上してくる降水帯の水蒸気がより北へと運ばれることにより現在砂漠が広がっている地域で降水が増加していました。そのような気候のもとでどのような植物が分布するのかを調べたのが図8です。図6の痕跡図と比べると、一部不完全ではあるもののアフリカ北部での当時の植物の存在を 再現することができました。



図7:地球軌道要素の概略図。現在、地球は北半球の冬に太陽に最も近づく。
9000年前は北半球の夏に太陽に最も近づく(夏が今より暑い)。




図8:数値実験の結果得られた過去の植生
   (阿部・千喜良 1999)