平成17年7月21日
独立行政法人海洋研究開発機構
国立大学法人東京大学
独立行政法人国立環境研究所
地球温暖化による黒潮流速の増加を予測
概要
独立行政法人海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センター(FRCGC)地球温暖化予測研究プログラムの坂本天研究員、鈴木立郎研究員、石井正好研究員、西村照幸研究員、江守正多グループリーダー(兼任)、国立大学法人東京大学気候システム研究センター(CCSR)の住明正教授、羽角博康助教授および独立行政法人国立環境研究所(NIES)の江守正多室長の共同研究グループは、世界最大規模のスーパーコンピュータである地球シミュレータを用いて地球温暖化の見通し計算を行った。その結果、黒潮が日本の東岸で離れる緯度が現在と大きく変わらないこと、および21世紀後半ごろまでに黒潮の流速が現在よりも秒速0.2ないし0.3メートル程度(現在の30パーセント程度)大きくなることが示された。黒潮が十分現実的に再現される高解像度大気海洋結合気候モデルを用いた温暖化実験は、本グループによるものが世界で初めてであり、本研究の結果は、そのような実験を行うことで初めて得られた知見である。なお、本研究は文部科学省の人・自然・地球共生プロジェクトにより実施されたものであり、予測実験に使用されたモデルは、FRCGC、CCSR、NIES、で開発された高解像度大気海洋結合気候モデル(K-1モデル)である。この研究結果は、アメリカ地球物理学速報誌「Geophysical
Research Letters」に近日中に掲載される。
背景
日本南岸を東方に流れる黒潮とその延長流である黒潮続流は、世界でも有数の強い海流であり、その流路が水産資源に与える影響や、大気海洋相互作用を通じた気候への影響が大きいことが知られている。しかしながら、地球温暖化による黒潮及び黒潮続流の変化に関して、これまでほとんど研究が行われてこなかった。その主な理由は、計算機資源の制限によって、黒潮が十分に再現できる解像度を持つ気候モデルが使われてこなかったことにある(注1)。
FRCGC、CCSR、NIESでは、2007年にまとめられる予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC、注2)第4次報告書への貢献を目指し、世界最高の解像度をもつ大気海洋結合気候モデルを開発し、地球温暖化の見通し実験を地球シミュレータを用いて行った(参考資料:
2004年9月16日のプレスリリース)。この実験で使用した海洋モデルは水平格子間隔が20〜30 kmで、これまでの解像度の粗いモデルでは十分に現実的に再現できなかった黒潮及び黒潮続流が再現されている(図1)。この実験結果を用いて、地球温暖化による黒潮及び黒潮続流の変化と、その原因について解析を行った。
成果と考察
現在気候再現実験(標準実験)と、大気中の二酸化炭素濃度を年1% の割合で増加させる実験(温暖化実験)の結果を用い、二酸化炭素濃度が現在の2倍強になる80年後前後の深度100 mにおける日本付近の平均流速場を比較すると、黒潮が銚子沖から日本列島を離れる緯度(離岸緯度)は温暖化によって大きく変化しないものの、日本南岸沖から東経155度付近まで、温暖化によって黒潮及び黒潮続流の流速が30パーセント程度増加することが示された(図2)。この結果は、黒潮を含む北太平洋亜熱帯循環を駆動する風系が地球温暖化に伴って変化することによって黒潮が強化される効果と、日本の南から南東に広がる黒潮再循環(注3)が強化される効果による。
社会に与える影響と今後の展望
本研究の結果は、地球温暖化が気温や海面水位の上昇をもたらすだけではなく、大規模な海流に対しても大きな影響を与える可能性を具体的に示している。黒潮流速の増加により、自泳能力の低い近海魚の稚魚が東方へ流されやすくなる可能性があるほか、日本南岸沿いで比較的大きな海面水温上昇が見られる(図3)など、水産資源への影響が懸念される。また、流速変化が一つの要因と考えられている日本南岸沖の黒潮大蛇行の発生頻度に影響を及ぼす可能性がある。こうした問題に対して、今後新たな研究が必要となると考えられる。
問合せ先
●独立行政法人海洋研究開発機構
地球環境フロンティア研究センター研究推進室長 増田勝彦
Tel:045-778-5746 Fax:045-778-5497
URL: http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jp/
経営企画室報道室長 大嶋真司
Tel:046-867-9193
Fax:046-867-9199
URL: http://www.jamstec.go.jp/
●国立大学法人東京大学
柏地区センター支援室センター支援係長 三浦弘三
Tel:04-7136-4431
Fax: 04-7136-4437
URL: http://ccsr.aori.u-tokyo.ac.jp/old/
●独立行政法人国立環境研究所
企画・報道室研究企画官 田邉 仁
Tel: 029-850-2303 Fax: 029-851-2854
URL: http://www.nies.go.jp/
注1:これまで地球温暖化実験に使われてきた気候モデルにおける海洋の水平格子間隔は100 km程度であったため、幅が100〜200 km 程度の黒潮を十分に表現することができなかった。
注2:IPCC
は1988年に設立された政府間機構であり、地球温暖化等の気候変動に関して科学的に得られた知見を評価し、各国の政策等に反映させることを目的としている。
注3:北太平洋中緯度(北緯およそ10〜40度)の海洋では主に偏西風と北東貿易風によって駆動される亜熱帯循環と呼ばれる全体的に時計回りの循環となっているが、日本の南—南東沖には亜熱帯循環より水平スケールの小さい時計回りの循環が存在し、黒潮再循環などと呼ばれている。
図1.深度100 m における月平均流速分布の解像度による違いの例。(a)高解像度大気海洋結合気候モデル(水平格子点間隔:緯度方向約20
km、経度方向約25 km)、 (b)中解像度大気海洋結合気候モデル(同:緯度方向約100 km、経度方向約140 km)。
図2.深度100 m における平均流速分布。(a) 標準実験、(b) 温暖化実験、(c)温暖化実験と標準実験の差。温暖化実験では二酸化炭素濃度が標準実験の2倍強になる80年後前後20年間の平均を使用。
図3.平均海面水温分布。(a)標準実験、(b)温暖化実験、(c)温暖化実験と標準実験との差。