質問票に対する回答
第2部のパネルディスカッションでは、受講者の皆様から質問を受け付け、講師陣に回答して頂きました。ここでは、時間中に採用することができなかった質問に対して、講師の方々から頂いた回答を掲載いたします。
MJOやENSOについて
Q. MJOはENSOの発生・終結に影響するが、逆にENSOがMJOや雲構造に影響を与える事はないのか?
エルニーニョの開始前には、MJOが赤道をまたぐ双子低気圧のような形態をとり、赤道上に持続的な強い西風(西風バースト)をもたらしやすいことが統計的に知られています。この西風バーストは、赤道域の海の東進波を引き起こし、エルニーニョの発達を促進します。つまり、エルニーニョ開始前の大規模大気海洋場の状況が、エルニーニョの発達を促進するような大気擾乱を作り出すという自己励起的な相互作用になっていると言えます。(高薮先生)
Q. MJOはなぜインド洋で発生するのか?
MJOは必ずインド洋で発生するという訳ではありませんが、インド洋で発生することが多いです。MJOは大規模な対流活動と大気擾乱の結合したシステムで、赤道上を東進する性質を持 っています。MJOの重要な要素は活発な積雲対流活動ですので、MJOの存在には海面水温が高いことが必要になります。熱帯の海面水温は、海洋大陸と呼ばれるインドネシア域を中心として、インド洋の東半分から太平洋の西半分の日付変更線付近まで、高温(28−30度)になっています。海面水温の高いこの領域は暖水プールと呼ばれます。つまり、東進するMJOは、暖水プールの西端のインド洋域で生まれやすいということです。実際にどのようにしてMJOが開始するかについての詳細は、まだ解明されていない部分も残っています。(高薮先生)
Q. MJOから台風が発生する仕組みを知りたい。
MJO(マッデンジュリアン振動)に伴う雲集団の西側に渦をまく循環があり、そこから台風が発生するというよくメカニズムがよく知られています。MJOの赤道付近の西側下層に比較的強い西風を伴うことがあり、西風バーストとよばれています。赤道付近で西風が強まると、南北両半球に低気圧性の循環が形成され台風ができやすくなります。ときには、MJOが通過したのち南北半球に対称的な二つの熱帯低気圧が同時に発生する場合があり、ツインサイクロンとよばれています。(佐藤先生)
「観測のツボ」について
Q.「観測のツボ」を求める具体的な方法を知りたい。
いくつかの方法がありますが、気象庁では特異ベクトル法と呼ばれる手法を用いております。この方法は、数値モデルのある初期場に僅かな誤差があったときに、その誤差が一定時間後に最も大きく成長するような大気の特徴(気温や風など)を数学的に推定する手法で、その計算には気象庁のデータ同化手法(4次元変分法)で使用している線形数値モデルを必要とします。この大気の特徴を図示したものからツボが求まるわけです。(中澤先生)
Q.「観測のツボ」で観測するとなぜ予報精度が上がるのか?
上記のように誤差が大きく成長する場所では初期場の少しのズレで予想が大きく変わります。したがって、そのような場所での観測があれば誤差の成長を抑えられるため、その初期場から計算した数値モデルの予報精度が上がると期待されます。(中澤先生)
Q. 各機関でツボの位置が異なるのはなぜか?
各機関がそれぞれのシステムでツボを求めた結果、ツボの位置が似ていることも異なることもあります。求めようとしているツボが本来1つに決まるべきものなのかも含めて現在研究されています。気象庁は湿潤特異ベクトル法を用いています。同じ特異ベクトル法でも簡単な乾燥特異ベクトル法を用いている機関もありますし、アンサンブル変換カルマンフィルターと呼ばれる手法を使っているところもあります。(中澤先生)
Q. 南西諸島では、台風情報が発表される前の状態も重要ではないか?
台風となる前の熱帯擾乱も重要だと考えておりますが、今回のプロジェクトでは特に転向時の予報精度改善を課題として取り組んでおりました。(中澤先生)
Q. 台風以外の現象でもツボを得る手法は有効なのか?
はい、そのとおりです。今回は台風に特化した観測・解析を行いましたが、どのような天気予報に対しても応用できると考えられます。(中澤先生)
Q. 転向に関しては偏西風がどこで吹くかも重要では?
そのとおりです。偏西風の中心緯度、強さは重要です。また、太平洋高気圧の張り出し具合も重要です。太平洋高気圧の西への張り出し方が転向へ影響すると考えられていますが、太平洋高気圧のメカニズム自体がよくわかっておらず、予報がむずかしいのが現状です。(中澤先生)
Q. 2008年の台風の転向の理由は何か?
この理由については後日報道発表予定ですので、そちらをご確認ください。(中澤先生)
Q. 台風の進路を人工的に変えることはできないのか?
台風1個のエネルギーは、日本全体の原子力発電所の年間発電量をはるかに越えるほど大きなものです。昔気候改変が議論された時に原爆や水爆を使って台風の進路を変えることが真剣に話題になったことがありましたが、わたしは不可能ではないかと考えています。(中澤先生)
シミュレーション、温暖化と雲について
Q. 温暖化するとエルニーニョの発生に変化はあるのか?
エルニーニョは海洋と大気の結合モードです(エルニーニョ南方振動やENSOと呼ばれますが、ここでは簡単にエルニーニョと呼びます)。ですから、温暖化時にエルニーニョがどのように変化するかということに関しては、大気海洋結合モデルによる温暖化シミュレーションが必要になります。世界にはIPCCの第4次報告書に貢献しただけで20を超える大気海洋結合の気候モデルがありますが、実は現在のエルニーニョを十分満足に表現できるモデルはなかなかありません。そのような状況下での話ですが、温暖化時には エルニーニョ、ラニーニャのうちエルニーニョ傾向になるモデルが多いと言われています。比較的エルニーニョの再現性のよいいくつかの気候モデルを詳しく調べた結果では、海面水温だけからは、エルニーニョ傾向はそんなに顕著ではないが、大気の気圧配置で見るとエルニーニョ傾向になることが示されています。一方、エルニーニョ発生の周期や振幅の変化に関しては、比較的再現性のよいモデルを比べてもばらつきが大きく、はっきりとした予想はたっていません。現実のエルニーニョに関しては、1970年代の半ば以前より、以降で振幅も周期も大きくなってはいますが、これが温暖化の影響によるものかどうかははっきりしません。(高薮先生)
Q. NICAMでは地球上の全ての地点で3.5kmメッシュで気象の物理量を計算しているのでしょうか?
はい、そのとおりです。正20面体を細かく分割することで、球面をほぼ一様に覆う三角形を作っています。三角形の各頂点で風、温度、水蒸気等の物理量を計算しています。現在行っている最高の解像度では、三角形の辺の長さが約3.5kmです。(佐藤先生)
Q. 今後シミュレーションの精度が向上したら、気温上昇の予測がくつがえることはあるのか?
そういうことはまずないでしょう。二酸化炭素が増加すると大気中の水蒸気がさらに増加し、気温上昇の正のフィードバックが働きます。このメカニズムは、数値モデルの解像度にかかわらず成り立つので、気温上昇についてはくつがえることはないでしょう。ただ、雲がどのように変化するかについて、いままでの数値モデルによる予測と差が現れる可能性があり、その結果として気温上昇の幅に違いが出る可能性があります。(佐藤先生)
Q. メッシュはどこまで細かくすれば良いのか?次世代スパコンの速度で十分なのか?
メッシュを約5km程度以下にすることでメソ循環がシミュレートできました。これがわれわれのモデルの一つの目標でした。次の目標は、メッシュを1km以下にすることです。積雲対流がよりリアリスティックに表現できるようになります。さらにその次の目標は数100mです。浅い雲や乱流を解像することが視野に入ってきます。次世代スパコンで全球400mメッシュの計算が可能になるのではないかと見積もられています。(佐藤先生)
Q. 水蒸気による温室効果と雲による温暖化効果は同一だと考えてもよいでしょうか?
雲による温暖化効果には大きく分けて二種類あり、太陽光に対する日傘効果と、赤外放射に対する温室効果があります。後者の温室効果に関しては、水蒸気による温室効果と基本的には同じと考えてよいと思います。地球表面からの赤外放射を閉じ込めるという意味では、水蒸気も雲も同じ温室効果の働きをします。一方の日傘効果は、雲による太陽光の反射といってよいのですが、仮に雲による太陽光を反射する割合が減れば、温暖化効果を加速する正のフィードバックが働くことになります。しかし、日傘効果の将来予測には大きな不確定があり、この幅を低減することが現在の温暖化予測の課題になっています。(佐藤先生)