質問票に対する回答

 

2部のパネルディスカッションでは,受講者の皆様から質問を受け付け,講師陣に回答して頂きました.ここでは,時間中に採用することができなかった質問に対して,講師の方々から頂いた回答を掲載いたします.なお,質問内容によっては,専門性や時間の都合上回答を得られなかったものもございますが,ご了承ください.

 

過去と現在の気候変動について

 

Q 「モデル」,「シミュレーション」,「シナリオ」,「プロジェクション」の定義について教えてください.

 

A 「モデル」には概念モデル、統計モデルなどさまざまなものが含まれますが、講演で触れた「モデル」は既知の物理法則に基づいて、方程式をコンピュータで解くという物理的な数値モデルのことです。このようなモデルは気候に限らず、現象および式が複雑すぎて紙と鉛筆で解けないために用いられます。「シミュレーション」とは、そうした数値モデルで現実を「シミュレート(模倣)する」作業を指します。気候モデルの例で言えば、観測される気候に対する外力(太陽放射の変化、火山活動、人為起源温室効果気体の濃度変化など)を与えれば過去の全球的な気候の変化をシミュレートすることが可能なことは述べたとおりです。この気候再現の計算を将来まで延長するのがいわゆる温暖化予測の「シミュレーション」ということになりますが、もちろん将来の外力の変化はわかりませんので、将来の社会構造の変化が「こうなるだろう」という仮定の下に、人為起源温室効果気体の濃度変化の将来の変化を作成します。これが排出シナリオと呼ばれるものですが、社会構造の変化はいくつもの可能性が考えられるために、最近のIPCCレポートでは複数のシナリオを用意し、各々に対する気候変化計算を数値モデルで行い、将来の気候変化を推測しています。日本のメディアではこれは「気候変化予測」などと呼ばれることも多いのですが、IPCCレポートの原文では”climate change projection”と記述されており、気候予測(“climate prediction”)とは異なる意味で使われています。”prediction”はあくまで現在の状態だけを数値モデルに教えて未来を予測する作業ですが、”projection”は未来のある部分(人為起源温室効果気体の濃度変化)が「こうであった場合に気候はどう変化するか」という問題を解く作業です。意味の違いはお分かりいただけると思いますが、詳細な説明を嫌うために往々にして両者が混同されてしまうのは科学者の立場からすると修正しなければいけない点と考えています。(渡部准教授)

 

 最近50100年くらいの気温の上昇だけを部分的に見て今後50100年のことを心配してマスコミ等が騒いでいるように見えるが,長い気候の歴史から見ればたいした変動ではないように思われるが,どう考えますか?そもそも,100年前の測器観測と現在の測器観測は比較できるのでしょうか.

 

 過去100年程度の気温上昇が、長い地球の歴史の中で「たいした変化ではない」のか否かは、IPCCレポートでも特に力を入れて議論されている問題です。測器のない時代の気候については人文的な歴史記録や年輪記録、また花粉・化石・氷床中の同位体比といったさまざまな古気候指標を用いて復元されていますが、IPCC3次報告書では過去1000年の復元気候においても20世紀の気温上昇はかつて見られないレベルであることを示す図(ホッケースティックダイアグラム)が掲載され、賛否両論の大きな議論を巻き起こしました。その後、若干の修正・データ更新が加えられ、過去1000年の気候変動を過小評価していたらしいということになりましたが、それでも過去100年の気温上昇は過去1000年で見られなかった変化であるという結論はIPCC4次報告書でも維持されています。過去100年間の測器や観測網の違いについてはまた別の問題で、測器観測・衛星観測に基づく全球気候データを作成するグループ間でさまざまな工夫・努力が積み重ねられています。確かに100年前の観測データが全球の気候をどこまで表しているかは心もとないものがありますが、例えば測器の違いによるデータの差は、観測の重なる部分において比較・補正などを行うなど、可能な限りの検証・修正作業が行われています。講演で示した全球気温変化のグラフは、そうした作業の結果「もっとも信頼性の高い」と認められるデータに基づいています。(渡部准教授)

 

 二酸化炭素などの温室効果ガスの増大により温暖化が起きていると言われているが,先生方はどう考えていますか?また,地質学等の分野の学者の中には温室効果ガスとは別の要因を示されている方もいます.もっと多方の協力が必要ではないかと思いますが,いかがでしょうか?

 

 現在、問題になっている地球温暖化現象の主要因については、ほぼ疑いなく人間活動によるものだと考えます。現在の懐疑論には間違っているものもあります。また、非常に長い時間スケールでは,他の要因も重要になってきますので、気候変動のメカニズムは複雑です。そこで、地球温暖化研究の深化のために、様々な分野の研究者が交流したり、共同研究をしたりすることが重要ですし、実際に、研究機関同士、学術会議、各学会などで、そのような交流をおこなっています。(中島教授)

 

 赤道付近で対流圏オゾン濃度が高い理由を具体的に教えてください.

 

 対流圏オゾンはNOxおよび炭化水素との化学反応で作られます。北半球中緯度の方が濃度は高くそれが赤道付近に流されること、および熱帯域では焼き畑などのバイオマス燃焼等によりオゾン濃度が高くなります。(高橋教授)

 

 対流圏オゾンはNOxの排出によって増加しているということですが,これが地上への紫外線の到達量を減らす効果はどのくらいあるのでしょうか.

 

 紫外線はオゾンにより吸収されますが、おおよその見積もりとして、対流圏オゾンの量を0.05ppmvとして、成層圏のオゾン量を5ppmvとすると、100分の1程度ですので、その程度の効果になります。(高橋教授)

 

 ピナツボ火山が噴火した時の,噴火によるCO2排出,人為起源のCO2排出,地熱発熱,エアロゾルの気温変化への寄与はそれぞれどの程度だったのでしょうか.

 

 噴火によるCO2排出ついては大きくはないと思われます。ピナツボ火山が噴火した時に生成したエアロゾルによる大気加熱により、成層圏では2°程度の温度上昇があったと報告されています。それも数年でもとに戻ることになります。一方対流圏では、太陽放射の反射等により、温度低下が報告されています。(高橋教授)

 

将来予測について

 

 予測値と観測値の違いの原因として「予測し得ない自然現象」という表現があったが,これは具体的には何ですか?

 

 例えば中緯度では、10日先の天気予報はどんなに大気のモデルが高精度になっても不可能です。これは、大気がカオス的であり、中緯度の天気を支配する温帯低気圧の時間スケールの数日を越えると急速に予測できなくなるためです。同様に、気候システムもカオス的であり、気候の自然変動で最も卓越するエルニーニョの時間スケール(〜数年)を越えると、その予測は大変困難になります。これらが「予測し得ない自然現象」ですが、気候予測の場合、まだ研究が始まったばかりですので、温暖化によらない気候の自然変動が何年先まで予測できるかは未知数です。講演で紹介した近未来気候予測においては、より高精度の温暖化予測(“projection”)とともに、こうした気候予測(“prediction”)の可否を見極めることが大変重要です。(渡部准教授)

 

 地球温暖化が進むと台風を含む熱帯低気圧の数は減るが強いものが増加すると言われていますが,先生方もそう考えていますか?またそれはなぜですか?

 

 温暖化時の台風の変化については、IPCC4次報告書でも「まだ信頼性が低い」と結論付けられています。というのは、台風を数値モデルできちんと表現するには最低でも10kmメッシュ程度の水平解像度が必要なのですが、現在の気候モデルは計算機能力の制約でそこまで細かい計算ができない(すなわち台風をシミュレートできていない)ためです。とは言え、第4次報告書に引用されている気候モデルのうちで最高解像度のものは100kmメッシュ、大気モデルだけならば60kmメッシュで(ちなみにどちらも日本のモデル)、それらによる温暖化のシナリオ計算がともに「全球的に台風=熱帯低気圧の数が減少し、相対的に強い台風が増える」という結果を出しています。したがって、現時点では「そうなる可能性がある」程度にしか言えませんが、次の第5次報告書では高解像度の計算結果が増える見込みで、その頃にはより確実な結論が得られているものと思います。温暖化すると何故台風の数が減って強い台風が増えるかについては、まだ仮説検証の段階で誰もが認める理論は存在しません。大まかには、地表付近よりも対流圏界面付近の方が暖まるために成層が安定になり台風の発生を抑制する効果と、水蒸気が増えることで台風が一度発生すると急激に発達しやすくなる効果の2つが重要であると言われています。(渡部准教授)

 

 地球温暖化が進むと竜巻の発生数は多くなるのでしょうか?そもそも予測可能なのでしょうか.

 

 竜巻は台風などよりもさらに小さな空間スケールの現象で気候モデルでは表現できません。200711月の佐呂間町で発生した竜巻が最近では記憶に新しいところですが、その後レーダー観測網の充実などによる竜巻の発生メカニズム解明や現業機関でのより正確な竜巻警報発令に向けて議論が活発になってきたばかりです。既にルーチン予報がおこなわれている台風に比べると、そもそも天気・気象分野における理解度がすすんでおらず、現時点では、温暖化時に竜巻の数や強さが変化するかどうかは誰にもわかりません。ただし、集中豪雨と同じく社会に大きな被害をもたらす現象ですので、竜巻を陽に表現できるような小さな領域の気象モデルに現在と温暖化時の大規模な温度や流れを与えて、竜巻の性質がどう変わるかを調べるといった、いわゆるダウンスケーリングという手法で調べてゆく必要があるでしょう。(渡部准教授)

 

 北極の海氷の減少はよく取り上げられていますが,南極の氷はどうなっているのでしょうか.その現状と将来予測,その影響を教えてください.

 

 南極周辺の海氷面積は北半球と違い減少しておらず、逆にわずかに増えています(北極の海氷が約6.1万平米/年の減少に対し、南極の海氷は約1.4万平米/年の増加)。南極周辺には未だ昇温傾向が見られないことと整合的ですが、その理由については、オゾン減少による成層圏の循環変化が南極大陸付近を寒冷化しているなど諸説あり、何が正しいかはまだよくわかっていません。しかし、温暖化シナリオ実験の結果では将来の海氷面積は、北半球と同様に減少してゆくと予測されています。南極周辺では、北大西洋と同じく世界の海洋深層循環の駆動源となる重い海水の沈み込みがありますが、将来海氷の融解がすすむと、表層の海水が軽くなることで沈み込みが抑制され、海洋深層循環の弱化を招くことが懸念されます。(渡部准教授)

 

 後何年くらいすると東京の平均気温が現在の沖縄の平均気温くらいになるのでしょうか.

 

 まず、以下の3点を指摘する必要があります。@将来の気温上昇は地域性があり全球気温ほどには局地的な気温変化は信頼できないこと、A排出シナリオによって将来の昇温の度合いは異なること、B現在の温暖化予測では大都市の気温変化にとって重要なヒートアイランドが将来どうなるかは考慮されていないこと、です。これらの要因により、質問に対する確実な回答をすることはできませんが、あえてIPCC4次報告書の「2100年までの100年間で、全球気温の上昇は1.16.4℃の範囲である」という結果をそのまま東京の気温に当てはめてみると、現在の夏の平均気温が東京で約24.5℃、沖縄で約28.5℃ですので、東京の気温が4℃上昇するのは早くて約60年後、遅ければ3世紀以上先ということになります。(渡部准教授)

 

 地球温暖化に伴う成層圏の温度変化はどこまで予測可能なのでしょうか.

 

 成層圏では、その温度構造と関係して温暖化に伴い温度が低下しますが、対流圏での温暖化予測と同じ程度に予測可能です。(高橋教授)

 

 研究でモデルを扱うときに一番気をつけなければならいことは何でしょうか.モデルの精度向上および精度検証についてどのような取り組みが行われていますか.予測結果はどのくらい確からしいのでしょうか.

 

 モデルの物理過程は何が入っており、どの程度の精度で計算されているか、また多くのパラメータがありますので、それがどのような仮定のもとに入っているかをきちんと理解することが一番気をつけることと思います。予測は難しいので、検証として現在気候でいろいろな観測結果と比較し、モデルがどの程度現実を再現しているか確かめています。また、極端な条件でも適用可能かなどのチェックをおこない、予測がどのくらい確かを調べています。(高橋教授)

 

 気候については全球的な検討が進んでいますが,大気汚染については局所的見地で片付けられていることが多いようです.地球規模の大気汚染についての最近の進展を教えてください.

 

 衛星搭載ライダーや雲レーダーの開発など、人工衛星観測が進んで、全球規模で大気汚染が起こっていることがわかってきました。気候にも大きな影響を与えており、今後、温暖化現象と同時に研究が必要です。(中島教授)

 

 火山噴火は予測可能でしょうか?それは温暖化予測に影響を与えるのでしょうか.

 

 温暖化予測に影響を与えますが、火山噴火の予測は、火山の専門家ではない私にはわかりません。(高橋教授)

 

現在と将来の気候の研究活動,政策的側面,その他について

 

 地球温暖化がどの程度深刻なのか,どんな予測に基づき,ガイドラインが示されているのか,できれば,学術的見解と行政の施策が見えるように説明してほしい.

 

 日本学術会議のホームページの「勧告・声明・提言・報告」のページに「地球温暖化問題解決のために―知見と施策の分析、我々の取るべき行動の選択肢―」をはじめとした報告・提言がありますので、見られると良いと思います。現在、気候変化、影響・適応、緩和に関する専門家が力を合わせて研究努力とその情報発信を行っています。それによると、気候変動現象とそれが引き起こす被害の発生については明らかであると思います。しかし、緩和策と適応策のための費用と、影響額の比較については、まだ議論があるところですので、今後、研究をさらに進める必要があります。(中島教授)

 

 数値天気予報が最近あたらなくなってきていると感じます.気候変動に対応できていないのでは.気候研究の成果を天気予報に生かす必要があるのではないでしょうか.

 

 長期天気予報と気候予測の予測技術は、共通部分もあるので両モデルはお互いに影響を与えながら進化中です。ただし、天気予報はせいぜい数ヶ月の予報なので、数十年後の気候変化で必要な、予測温室効果ガス濃度の変化や雲の大気汚染による影響などは無視して計算しています。(中島教授)

 

 大学と気象庁の関係を教えてください.

 

 気象庁では、例えば当気候センターの卒業生などが活躍しています。また、気象庁出身の教員もいます。と言うことで、大学と気象庁の人的交流は盛んです。しかし、例えばモデル開発を一緒に開発するなどということは無いので、私(中島教授)自身は、もっと組織的な研究交流をやるべきだと思っています。ただし、大学では先端的基礎研究を、気象庁や環境省ではより施策に関わる部分の研究を分担するなど、それぞれの組織の目的を前提に進める必要があります。(中島教授)

 

 納税者の一人として皆さんの研究が社会に貢献したというレベルまで進んで欲しい.真理や原因の解明を進めながら他領域の研究者も交えて,役に立つ研究だと社会から言われるようになってもらいたい.PR不足ではありませんか.

 

A PRについては、気候研究が影響評価や緩和策の策定のために使われるような国内の連携体制ができていて、利用が進んでいます。これらをもっと推進する必要はあると思います。そのような連携のなかで、気候センターの役割は気候に関する自然モデリングのところで、規制や基準作りには、例えば、国立環境研究所などで研究を行っています。これらにも気候モデリングの結果が反映されています。(中島教授)

 

 近未来予測の結果は社会にどんな影響をもたらすでしょうか.

 

 近未来気候予測の期待される成果は、第4次報告書よりも信頼性の高い、30年先(2035)までの地域的な気候変化およびそれに関連する気象現象の統計的な変化の予測です。直接的な気候モデルの出力を用いて、既に行われているような農業・水害・漁業・健康などへの影響評価が再度行われることになるでしょう。第5次報告書は2013年刊行予定であり、近未来予測の対象期間は、現在日本および先進各国がCOP15以降のCO2排出削減期間として掲げる「2020年まで」と重なりますので、第4次報告書よりもさらに予測結果が直接政策に反映されることになるのではないかと考えています。(渡部准教授)

 

 地球温暖化,成層圏オゾンの研究で,今後2,3年間の最も重要な課題は何でしょうか.

 

 成層圏オゾンに関しては、オゾンホールの戻りがすでに起こっているかいないか、また成層圏低温化の影響がオゾンの変化に現れているかいないか、が最も重要な課題と思います。(高橋教授)

 

 世界の研究動向と比較して,日本の研究の課題は何でしょうか.

 

 アジア域における気候変動や大気汚染の問題と思います。(高橋教授)

 

 気候研究には地震研究は入らないのでしょうか?

 

 気候学も地震学も、地球惑星科学という学問分野で研究されており、同じ地球を扱うために、研究者同士の交流もあります。(中島教授)

 

 気候研究におけるスーパーコンピュータの必要性と現在行われている先端科学技術への予算の大幅削減との関連性を教えてください.

 

 地球シミュレータによって、日本の気候モデリング研究が世界から注目されていることは事実です。また、日本の優れた科学技術を世界のひとびとが利用できると言う、世界貢献にもなっています。ですから、高性能の計算機を作る技術を持っている日本(そのような国は多くない)が、世界一を取る気構えで、役立つ高性能スーパーコンピュータを作る努力をすべきだと思います。(中島教授)

 

 今後もこのような一般公開講座を続けてほしいのですが.

 

 応援ありがとうございます。今後とも、わかり易い情報の発信を心がけたいと思います。(中島教授)