高薮縁教授 第27回猿橋賞受賞
佐藤正樹准教授 2007年度日本気象学会賞受賞

地球温暖化等、気候変動現象とその社会影響が大きく取り上げられるこの頃である。この2月の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)総会においても第1作業部会の第4次報告書が受諾された。それによると様々な気候データの解析とモデリングを通して、地球温暖化現象が実際に起こっていることが科学的に高い確度で示された。このような気候変動現象は社会に様々な影響を及ぼすが、そのメカニズムも複雑で科学的にも多くの研究を必要としている。

気候システム研究センターでは、高精度の気候モデリングとデータ解析を用いた気候研究を行っているが、その努力のひとつとして、今期、高薮縁教授が第27回猿橋賞を、佐藤正樹准教授が2007年度日本気象学会賞を受賞することとなった。

猿橋賞は、「女性科学者に明るい未来をの会」(1980年創立)から毎年、自然科学の分野で顕著な研究業績をおさめた女性科学者に贈られる賞である。 今回、評価された業績は、「熱帯における雲分布の力学に関する観測的研究」。
気象学会賞は,最近5年間に気象学に関する貴重な研究を学術誌に発表した研究者を各年1〜2名顕彰するものである。今回、評価された業績は、「準一様格子を用いた全球雲解像大気モデルの開発とそれによる熱帯対流雲集団のシミュレーション」。


受賞者紹介

第27回猿橋賞受賞
高薮 縁 教授


【受賞発表年月日】2007年4月26日
【受賞式年月日】2007年5月26日

業績 : 「熱帯における雲分布の力学に関する観測的研究」

研究概要 :

中・高緯度と熱帯の気象は大きく異なる。中・高緯度では、温帯低気圧・高気圧、前線などの大規模構造が生まれ、気象を変化させている。熱帯域では、強い日 射を受けた地面・海面と、冷却した大気上層の間に対流運動が生じ、背の高い積乱雲(入道雲)が各所に現われる。人工衛星の雲画像を見ると、対流雲の上端に 広がった上層雲が100〜1,000km大の多彩な形で散在しており、中・高緯度とは全く異なる様相を呈している。この中からある種の構造と規則性を見出 し、熱帯気象研究に新局面を開いたのが高薮博士である。

熱帯の気象では、熱帯低気圧が古くから知られてい た。1970年代、気圧振動に40〜50日周期にピークを持つMadden-Julian振動(MJO)が発見され、その実体が東西スケール 3,000km程度でインド洋から太平洋中部にかけて赤道沿いに東に進む対流雲の大集団である事が明らかにされた。この現象は世界中で研究されて来たが、 メカニズムは未解決であり、数値モデルでも再現が困難で、数値天気予報の隘路となっている。

熱帯域の対流雲 に関しては上記2現象以外は断片的研究はあるものの系統的整理や理解は出来ていなかった。高薮博士は、その全体像を明らかにすべく、気象衛星による長期間 のデータを用いて、雲の変動の時間・空間スペクトルを解析した。その結果、上記2現象以外の不規則に見えた対流雲の振舞いの多くが、赤道域に固有の大気波 動(赤道波)と対流雲が結びついた変動と解釈される事が明らかになった。波動を特徴づけるパラメター「等価深度」が全てのモードの波で共通の値になる、と いう重要な結果も導かれた。予想外の結果だった。この構造は現在、「対流結合赤道波(convectively coupled equatorial waves)」と呼ばれ、熱帯域大気現象の構成要素として中・高緯度の温帯高低気圧に対比させる考えも出され、また、これが再現されているか否かで IPCC報告の温暖化予測に使われた大気モデルが検証されたりしている。

高薮博士は前記の研究の中で顕著な 現象の一つとして周期約2日、波長約3,000kmで西に進む波を見出した。その構造を詳細に解析し、大規模な波動の鉛直構造が小規模な対流雲の持つ独特 な構造に支配されている事を示唆する結果を得た。これは上記の対流結合の機構を説明する手がかりとなり、MJOのメカニズム解明にも貢献する可能性があ る。また、熱帯降雨観測衛星TRMM(1997年打上げ)のプロジェクトでは、解析グループのリーダーとして、観測データを活用し、対流性降雨と層状雲か らの降水の割合、降水強度と雲高の関係等々対流雲の構造を全熱帯域について明らかにしつつある。

以上のよう に高薮博士は、現在の気象学で最も未解明な領域であり、かつ地球規模の数値天気予報や地球温暖化予測の大気モデリングで障壁となっている熱帯域対流雲変動 の実態と力学的メカニズムの解明にブレークスルーをもたらす画期的な業績をあげた。赤道を巡る大規模な大気の波を雲の動きの中に発見し、その波が出来る仕 組みの解明に迫った高薮博士は国際協同研究や研究集会のまとめ役も務め、この分野の国際的な中堅リーダーとなっている。

関係学会へのリンク : http://www.saruhashi.net

写真 : 猿橋賞授賞式(2007年5月26日)


2007年度日本気象学会賞受賞
佐藤 正樹 准教授


【受賞発表年月日】2007年3月12日
【受賞式年月日】2007年5月14日

業績 : 「準一様格子を用いた全球雲解像大気モデルの開発とそれによる熱帯対流雲集団のシミュレーション」

選定理由 :

大気大循環は基本的に放射エネルギー収支の非平衡に起因する対流運動である。これまでの大気大循環モデルでは南北の加熱差による対流である温帯低気圧などは直接扱うものの、上下の対流は、メソスケール対流雲システムという独特の基本構造を有しているにも拘わらず、それを直接表現せずパラメタ化で扱ってきた。

地球フロンティア研究システム(現 地球環境フロンティア研究センター)では、2002年に稼働を開始した地球シミュレータを活用した新しい大気モデルとして、メソスケール対流雲、特に熱帯域のクラウドクラスターを直接表現し得る非静力学方程式に基づく全球大気モデルの開発を開始した。佐藤正樹氏をリーダーとするチームは、この世界に類を見ない野心的計画に挑戦し、1999年後半以降7年に渡って様々な問題を解決し、全球雲解像大気モデルNICAM (Nonhydrostatic Icosahedral Atmosphere Model) の開発に成功した。その開発過程の要点は次の通りである。

1.20面体格子を採用し、“Spring dynamics”方式を導入し、メッシュ間隔が準一様で同時に2次の差分精度を有する効率的な超高解像度モデルを作り上げた。
2.モデルは質量・エネルギーの両方を保存する非静力学過程のアルゴリズムを装備し、長時間、高精度の安定した積分が可能なものである。
3. テスト実験として乾燥大気条件でのHeld-Suarez実験を行い、更に3.5kmの格子サイズによる温帯低気圧のライフ・サイクル再現に成功した。
4.水蒸気とその凝結に関する雲物理過程の導入に際してはスコールラインの生成・発達のシミュレーションを実施し、放射過程の導入に際しては、雲・放射相互作用を取り入れて長時間にわたる放射対流平衡実験を行い、精度を確認した。

 このように数値計算的に、また物理的に信頼のおける大気モデルであることを段階的に確かめた上で、それを用いて、2004年に「水惑星実験」を実施し、その結果を翌年に2編の論文として発表し、世界の研究者から大きな注目と賞賛を浴びた。

 実験で得られた重要な成果は、熱帯域大気の対流と循環が「メソスケール対流システムから成る西進するクラウドクラスター」「数1000kmスケールのクラウドクラスターの集団で東進するスーパークラウドクラスター」「波数1で対流と結合したケルビン波の卓越」という階層を成している事と、それぞれの構造と振舞いが現実大気のものと基本的に同じ形で再現された事である。この結果を持って対流雲パラメタ化の改善を目指す水惑星実験モデル相互比較に参加し、パラメタ化の不充分さを明確に示し得た事で、大気モデルの将来に大きなインパクトを与えつつある。

 1956年に発表されたN.A.Phillipsの数値実験は南北加熱差の条件下で温帯高・低気圧が傾圧不安定波として自然に発生し西風ジェットを維持することを示したのに対し、今回の実験は、熱帯域の上下加熱差の下での湿潤対流とそれが生み出すより大きな赤道域大気構造を現実的に再現したものとして気象学、大気大循環論に画期的意義を持つ。一方、水惑星実験で偏東風波動も熱帯低気圧も生じなかった事は、Phillipsの実験における傾圧不安定波とは異なり、これらの現象の発現には季節変化や現実的な海陸分布・海面水温の不均一が必要である事を示唆している。

 さらに、7kmメッシュを用いた水惑星条件下の30日積分で海面水温を一様に2K高くした実験との比較を行い、温度上昇で中・高緯度の雲量が増し、アルベドが大きくなる事を示し、この条件下では雲を直接表現したモデルで地球温暖化における雲・放射フィードバックが負であることを示した。

 振り返ってみると、Bjerknes、Rossby、Charneyらによって進められて来た20世紀の気象力学は、中・高緯度域における安定成層をした大気の大規模現象の力学、即ち「ポテンシャル渦度保存則に依拠した準二次元的渦の力学」であった。それが成熟の域に達し、その枠組みの中でECMWFをはじめ世界中で数値天気予報が成功を収めつつもMadden-Julian振動の再現が最大の障壁となっている事を考えると、今回の水惑星実験は、大気の残り半分の熱帯で生じている対流とその集団の力学を数値実験的に研究する熱帯対流気象学新時代の幕開けを告げるもので、熱帯気象をはじめ雲が主役を演じる気象の体系的理解に新しい視点を与えたものと言える。

 以上の理由により日本気象学会は佐藤正樹氏、富田浩文氏に日本気象学会賞を贈呈するものである。

関係学会へのリンク : http://wwwsoc.nii.ac.jp/msj/docs/Gakkai.html

写真 : 日本気象学会賞祝賀会(2007年5月14日)