Aquariusによる海面塩分の観測原理
■ 項目
1. Aquariusとは
2. Aquariusの現状
3. 観測原理
4. マイクロ波の塩分感度
5. その他の問題点
***
(2015年2月10日)
1.Aquariusとは


 米国宇宙航空局(通称NASA)が開発した衛星搭載型海面塩分センサーのことを指す.この塩分センサーは,アルゼンチンの地球観測衛星SAC-D衛星に搭載され,2011年6月10日にアメリカ空軍基地から打ち上げられた.
 観測された全球の海面塩分データは,全球の淡水循環や海洋循環の理解向上,そして気候予測の精度向上のために利用される.これらの科学的研究を遂行するためには,1か月・150km平均で0.2psu程度の観測精度が必要とされている.その目標達成のためのアルゴリズム改良は,今なおNASAの研究者を中心に精力的に行われている.

図1:Aquarius/SAC-D衛星(出典:http://aquarius.nasa.gov/).
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2.Aquariusの現状


 2011年8月から塩分観測を開始したAquariusは,順調にデータを取得し続け,3年経過した現在(2014年8月時点)でも,海面塩分観測は継続されている.
 左図はAquariusによって観測された海面塩分の一例(2011年9月-11月の3か月平均値)を表す.従来から知られている表層塩分の地理学的特徴が,Aquariusによって捉えられている.Aquariusの観測周期は7日であるので,このような海面塩分の全球マップが毎週得られることになる.

図2:Aquariusが観測した海面塩分の3か月平均値(出典:http://aquarius.nasa.gov/).
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3.観測原理


 衛星からの海面塩分の観測にはマイクロ波放射計が用いられている.海面からのマイクロ波の放射輝度が,海面塩分によって決まる比誘電率(電気伝導度)に依存する性質を利用することで,海面塩分を間接的に計測している.塩分の変化に対する放射輝度の変化は,低周波マイクロ波帯で最大となるため(Swift and McIntosh 1983),Aquariusの受信周波数(L-バンド,1.4GHz)もそれに応じた設計となっている.ただし,塩分感度が最大となるこの周波数においても,放射輝度の塩分による変化率は非常に小さいため,衛星搭載の受信アンテナのサイズを大きくする等,観測精度を向上させるための工夫が凝らされている(「5.その他の問題点」を参照).

図3:各種物理量の変化に対する放射輝度温度の変化(出典:Wilheit et al. 1980).
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4.マイクロ波の塩分感度


 放射輝度の塩分感度は,周波数だけではなく,水温によっても大きく異なることが知られている.左図は,理論的に見積もられる海面塩分の値を海面水温(横軸,℃)と塩分感度の高い1.4GHzの放射輝度温度(縦軸,K)の関数で表したものである.全球海洋の塩分の変動幅を32psu~38psuとし,それを黄色の領域で示している.塩分変化に対する放射輝度の変化(つまりこの図の曲線間の縦幅)は,高水温であるほど大きい.この縦幅は,ある一定の放射輝度の観測精度の下で分解できる海面塩分を意味し,高水温であるほど塩分推定精度が向上するということになる.一方で低水温下では塩分感度が著しく低下する.例えば,黄色の領域で示されている6psuの塩分の変動幅に対する放射輝度温度の変化は,水温5℃では2K程度である.放射輝度温度の較正精度は最大でも0.6K程度であり,それから逆算される塩分の観測精度は2psu程度となるので,衛星塩分データの低温域研究への利用は難しいことが予想される.

図4:理論的に見積もられる海面塩分の値を海面水温(横軸,℃)と1.4GHzの放射輝度温度(縦軸,K)の関数で表したもの(出典:LeVine et al. 2010).
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5.その他の問題点


 衛星による塩分観測を実現するためには,塩分感度の高いL-バンドの周波数で海面からのマイクロ波を観測する必要があるが,これは海面塩分だけではなく,海面水温,海上風速・風向,大気中の水蒸気量・雲水量・降水量など,様々なマイクロ波の自然放出源の影響を受ける.そのため,衛星側に要求されることは,放射輝度温度の観測が非常に高い較正精度を持つことに加えて,輝度温度に影響を及ぼす他のパラメータの寄与の補正が高精度で行われることである.

図5:衛星が観測するL-バンドマイクロ波に寄与し得る塩分以外の自然放射源(出典:http://www.jpl.nasa.gov/).
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参考文献
  • Ebuchi, N., and H. Abe, 2013: Evaluation of sea surface salinity observed by Aquarius and SMOS. Proc. IGARSS 2013, Melbourne, Australia, July 2013, 656-659, doi: 10.1109/IGARSS.2013.6721242.
  • Ebuchi, N., and H. Abe, 2012: Evaluation of sea surface salinity observed by Aquarius. Proc. IGARSS 2012, Munich, Germany, July 2012, 5767-5769, doi:10.1109/IGARSS.2012.6352300.
  • Chassignet, et al. (2009), U.S. GODAE: Global ocean prediction with the HYbrid Coordinate Ocean Model (HYCOM), Oceanography, 22(2), 48-59.
  • Lagerloef, G., F. R. Colomb, D. LeVine, F. Wentz, S. Yueh, C. Ruf, J. Lilly, J. Gunn, Y. Chao, A. deCharon, G. Feldman, and C. Swift (2008), The Aquarius/SAC-D Mission: Designed to meet the salinity remote-sensing challenge, Oceanography, 21(1), 68-81.
  • Lagerloef, G., H.-Y. Kao, O. Melnichenko, P. Hacker, E. Hackert, Y. Chao, K. Hilburn, T. Meissner, S. Yueh, L. Hong, and T. Lee (2013), Aquarius salinity validation analysis; Data version 2.0, Aquarius project document: AQ-014-PS-0016, pp. 36.
  • LeVine, D. M., G. S. E. Lagerloef, and S. E. Torrusio (2010), Aquarius and remote sensing of sea surface salinity from space, Proc. IEEE, 98(5), 688-703, May 2010.
  • Swift, C. T., and R. E. McIntosh (1983), Considerations for microwave remote sensing of ocean-surface salinity, IEEE Trans. Geosci. Remote Sens., 21(4), 480-491, Oct. 1983.
  • Yueh, S., and J. Chaubell (2012), Sea surface salinity and wind retrieval using combined passive and active L-band microwave observations, IEEE Trans. Geosci. Remote Sens., 50(4), 1022-1032, April 2012.
  • Wentz, F. J., and D. M. LeVine (2012), Aquarius salinity retrieval algorithm version 2: algorithm theoretical basis document, RSS Technical Report 082912, pp. 45.
  • Wilheit, T., A. T. C. Chang, and A. S. Milman (1980), Atmospheric corrections to passive microwave observations of the ocean, Boundary-Layer Meteorology, 18, 65-77.