最終更新日: 2004年6月28日

全球規模熱塩循環に対する海氷流動の影響

海洋の熱塩循環は、海水が浮力を失うことによる沈降流と、海水が浮力を獲得することによる湧昇流、そして沈降領域と湧昇領域をつなぐ水平的な流れからなっています。沈降流の原因となる深層水形成は、現在の気候状態では主として高緯度において生じており、海氷の存在領域と重なるもしくは近い場所に存在しています。海氷は海水が凍結したものですが、結氷時には海水に含まれていた塩分のうち大部分を排出し、その下にある海水の塩分を高める働きをします。また、海氷が融解する場合には海水よりも塩分濃度の低い水が放出されることになり、その下にある海水の塩分を低める働きをします。この海氷の生成・融解による塩分変化は海水の密度、そして深層水形成に大きな影響を与えるもので、ひいては全球規模熱塩循環にとっても重要な意味を持っています。

海氷流動によって引き起こされる熱塩循環

海氷は風や海流の影響を受けて動き、海氷が熱塩循環に及ぼす影響という意味では、この動くことがとても大きなものです。動きが存在するということは、ある場所で生成された海氷が別の場所へ輸送され、その輸送先で融けることになります。すなわち、海氷の生成領域と融解領域が分離され、生成領域では高塩分化による深層水形成が生じ、それが融解領域で湧昇するという形の熱塩循環が原理的に存在できることになります。

これを理想化された数値実験の結果とともに見てみましょう。図1のように、赤道から北半球側に広がる矩形・一定深度の海を考えます。この海に対して、高緯度でより寒冷になるような熱的海面境界条件を与えます。ここでは、冬季には y=4500 km くらいまで海氷が覆うように与えています。また、海面では風の境界条件も与えています。海氷が動かないようにした場合には図1の右に示したような、高緯度の冷却によって海水が沈降し、低緯度側で湧昇するような熱塩循環が形成されます。

basin geometryMOC no-motion

図1: モデル海洋(左)と海氷が動かない場合の子午面循環流線函数。座標はxが東向き、yが北向き、zが上向き。子午面循環流線函数は東西方向に積分した流れの y-z面での流線函数を表し、等値線に沿って極大値を右に見る方向に循環が存在する。Hasumi and Suginohara (1995) より。

これに対して、海氷が動けるようにした場合、海氷上を西風が吹いている場合には冬季に西岸付近で海氷が剥がされ、そこでは冬季の寒冷な大気に海氷面よりも高温の海水面がさらされるために活発な海氷生成が生じ、同時に活発な塩分排出が起こります。西岸付近から剥がされた海氷は東向きに輸送されて東岸付近に溜 まり、夏季に融解することでその付近の塩分を低めます。その結果として海氷存在領域下に熱塩循環を形成しますが、これはもともと存在する全球規模の熱塩循環とつながり、それを強めるように働きます(図2左)。一方、海氷上を吹く風の向きが逆の場合には、これと東西を逆転させたことが起こるのですが、結果と して海氷存在領域下に形成された熱塩循環はより低緯度側に存在する全球規模の熱塩循環とは切り離され、逆向きの子午面循環を海氷下に形成します(図2右)。

MOC motion

図2: 海氷が動く場合の子午面循環。左は海氷上を西風が吹く場合、右は海洋上を東風が吹く場合。Hasumi and Suginohara (1995) より。

南半球の海氷の運動と全球規模熱塩循環の関係

では、現実において、海氷が動くということは全球規模の熱塩循環にとってどれほどの影響を与えるのでしょうか。南極大陸の周囲には冬季に海氷が広く存在 し、その海氷は風と海流のために南極大陸の周囲を東向きに回りつつ徐々に低緯度側に向かうように動いています。そのため、南極大陸に近い領域では年間を通 しての海氷生成量が融解量を上回り、遠い領域では生成量が融解量を下回ります。したがって、年平均で見た場合、南極大陸に近い領域では海氷によって塩分が高められ、遠い領域では海氷によって塩分が低められることになります。

南極大陸の周囲のような高緯度では一般に海面での蒸発量よりも降水量の方が大きく、この海面における正味の淡水獲得は海面塩分を低めるため、深層水形成を起こりにくくする働きを持ちます(図3左)。一方、海氷−海洋結合モデルを用いたシミュレーション結果では、南極大陸の近くでは年平均の海氷生成量が融解量を上回り、それに伴う淡水の出入りは部分的に降水量に打ち勝ち、海洋の塩分を高めるように働きます(図3右)。海氷が動かない場合には生成された海氷はすべてその場で融けることになり、年平均の生成量と融解量の差は0になります。したがって、海氷が動くことにより、南極大陸の近くでは塩分が高められ、深層水形成 が起こりやすい状態が作られています。

surface freshwater forcingnet sea ice production

図3: (左)観測に基づく年平均の蒸発量−降水量。青い領域では降水量が蒸発量を上回り、海面での淡水の出入りは海面塩分を低下させる働きを持つ。(右)蒸発量 −降水量にモデルで得られた年平均での正味海氷生成量を加えたもの。海氷の生成は蒸発と同様に海洋から淡水を奪い、海氷の融解は降水と同様に海洋に淡水を 与える。結果的に現れた赤い領域では、塩分を高めるような影響が海面において与えられていることになる。Komuro and Hasumi (2003) の結果より。

この海氷−海洋結合モデルを用いて海氷を動かなくする実験を行うと、南極大陸周囲の深層水形成を起源とする全球規模熱塩循環の強さが、海氷が動く場合に比べて 16 % 弱まるという結果が得られます。この全球規模熱塩循環は太平洋・大西洋それぞれの北端まで達するもので、南極大陸周囲という限定された領域における海氷の生成・融解の起こり方が全球におよぶ熱塩循環の強度に有意な影響を与えるという結果になっています。これは先ほど矩形海洋の例で見たようなプロセスが現実においても重要性をもって働いていることを示すものでもあります。



参考文献

Hasumi, H, and N. Suginohara (1995): Haline circulation induced by formation and melting of sea ice, Journal of Geophysical Research, 100, 20613-20615.

Komuro, Y., and H. Hasumi (2003): Effects of surface freshwater flux induced by sea ice transport on the global thermohaline circulation, Journal of Geophysical Research, 108, doi:10.1029/2002JC001476.

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