海の流れは場所により様々ですが、一般に強い流れは海面付近および西岸(海から見た西端で、陸から見ると東海岸)付近にあります。黒潮やメキシコ湾流など、海面付近に存在する西岸境界流と呼ばれる強い海流は、平均的に 1 m/s を越えるような速度を持ちます。海面付近でも特に流れが弱い場所は存在しますが、西岸付近以外では典型的に 10 cm/s 程度の速度があります。その一方で、深さ 1000 m を越えるような深海では、西岸付近や南大洋といった限られた場所では 10 cm/s に達する強い流れが存在することが知られていますが、それ以外の場所では 1 cm/s を下回るような弱い流れしか存在しないものと考えられていました。「考えられていた」というのは、深海の流れを流速計によって直接観測することは容易でなく、比較的観測が容易な温度・塩分・溶存物質濃度などに基づく間接的な見積もりによっていたためです。この静かな深層という考えが、我々の行った高解像度モデリングによって覆されました。
(※ここで言う「流れ」には潮流を含みません。潮流は瞬間的には深海でも 10 cm/s を越えることが珍しくありません。潮流は半日や一日などの明確な周期をもって変動し、その周期で平均した場合には、基本的には流れがなくなります。ここで考えている流れは、潮流を潮汐周期にわたって平均したものです。)
図1はモデリング結果の太平洋における長期間平均の東西流を示したものですが、深海でも 10 cm/s を越えるような流れがいたるところに見られます。しかも、太平洋全域にわたって縞状の構造を示し、東端から西端まで達する東西流(顕著に強い流れなので、ここでは「東西ジェット流」と呼びます)が南北方向に緯度数度の間隔で交互に現れています。このモデリングは水平格子幅約 20 km で行ったものですが、以前に行っていた水平格子幅 100 km 程度のモデリングではこのような構造は見られませんでした。
海面付近でも深海でも、海洋にはいたるところに渦運動が存在することが知られています。渦運動は生成・消滅を繰り返しますが、生成時にはどこか(位置エネルギーや渦でない流れのエネルギー)から渦運動にエネルギーが渡され、消滅時には渦運動からどこかへエネルギーが渡されることを意味します。詳しい説明はここでは省きますが、その渦運動が消滅する時に渦運動から渡されるエネルギーがこの東西ジェット流を作っています。地球上の物体の運動にはコリオリ力が作用しますが、コリオリ力の大きさが緯度によって変わることに起因して、大気や海洋の南北方向の流れは東西方向の流れに比べて強い制約を受けます。そのため、渦運動のエネルギーが作る流れは、南北方向よりも東西方向に卓越します。深海にこのような東西ジェット流が存在することは、このモデリング結果が示された後、間接的な観測結果によって確かめられました。
図1: モデリング結果における長期間平均した深層の東西流速[cm/s]。赤は東向き、青は西向き流。
Nakano, H., and H. Hasumi (2005): A series of zonal jets embedded in the broad zonal flows in the Pacific obtained in eddy-permitting ocean general circulation models, Journal of Physical Oceanography, 35, 474-488.