北極海の海氷は地球温暖化の影響を受けて減少していると言われていますが、温暖化と関係なく存在する周期的な気候変動によっても北極海の海氷存在量は変動します。北極海全体の海氷存在量の自然変動の大きな部分は、風が変動することに対する海氷の応答です。実際、海洋大循環モデルを用いた北極海の海氷シミュレーションにおいて、境界条件として年々変動する大気の状態を与えた場合と、風だけを年々変動させてその他の大気の状態は平均的な季節サイクルを与えた場合を比べると、風だけでも海氷量変動の半分程度が説明できることが示されます(図1)。
図1: 年平均の北極海平均海氷厚の時系列。赤線は全ての大気の状態を年々変動する観測データで与えた場合、緑線は風のみを年々変動する観測データで与えた場合。 Watanabe and Hasumi (2005) より。
北極海では冬季に海氷が生成されて、夏季には海氷が融解しますが、一年間トータルで見ると生成量が融解量を上回ります。この余分な生成量は主にフラム海峡を通ってグリーンランド海へ流出します(フラム海峡の場所についてはここを参照)。北極海の風の状態が変わるとこの流出量が影響を受け、流出量が増えれば(減れば)北極海の海氷量は減少(増加)します。図2に二種類の典型的な北極海の風の状態における北極海の海氷厚分布と速度を示します。北極海の内部に存在する海氷は、やはり風の影響を受けて動いていますが、フラム海峡からの流出量が多い場合には北極海中央部からフラム海峡へ向けて効率よく海氷が排出されるような運動パターンに、流出量が少ない場合には北極海のカナダ寄りから中央部にかけて時計回りの循環が存在して海氷が排出されにくい運動パターンになっています。また、流出量が多い状態が続いている間は北極海内部の海氷は全体的に薄く、流出量が少ない状態が続いている間は全体的に厚くなります。
図2: 大きな流出量を与える風(左)と小さな流出量を与える風(右)のもとでの、北極海の年平均海氷厚分布と海氷流速。Watanabe and Hasumi (2005) より。
流出量は風の変化に対してすみやかに応答しますが、北極海の海氷量変化には数年から10年程度の時間がかかります。例えば、風の状態は1995年から1996年にかけて急激に変化し、その後しばらくは同様な状態が続きます。これに伴って海氷流出量は1995年から1996年にかけて急激に減少し、その後しばらくは流出量が少な目の状態が続きます。これに対して、図1に見られるように、北極海の海氷量は1995年以降しばらく増加し続けます。では、風の変化に対する応答としての北極海の海氷量変化にはどの程度の時間がかかり、そしてその応答時間を決めているものは何なのでしょうか。
先ほども述べたとおり、北極海では年間を通して見ると海氷は生成過剰の状態にあります。したがって、北極海からの海氷流出量が減った場合には、その過剰生成分が流出していく代わりに北極海内部の海氷量を増やすのに使われます。海氷の成長率は海氷の厚さに反比例し、北極海の海氷量がだいたい応答しきるためには、その成長率によって最終的に増えるべき量が賄われるまでの時間がかかると言えます。
一方、海氷流出量が増える場合には、北極海の海氷量は減っていくわけですが、相変わらず北極海内部では海氷は生成過剰の状態にあります。したがって、海氷量が減るためには余分な海氷をフラム海峡まで運んで排出しなければなりません。そのため、海氷量が減る場合には、北極海の海氷量がだいたい応答しきるためには、北極海内部の海氷の流れによって北極海の中央部の海氷がフラム海峡まで運ばれるのに必要な時間がかかることになります。
Watanabe, E., and H. Hasumi (2005): Arctic sea ice response to wind stress variations, Journal of Geophysical Research, Journal of Geophysical Research., 110(C11), no. C11007.