最終更新日: 2012年8月29日

ラブラドル海の深層水形成

北大西洋の北縁に位置するラブラドル海は、北大西洋深層水の形成領域である。この深層水形成は全海洋を巡る深層循環の起点のひとつであり、その循環が輸送する熱量は大西洋地域を中心とした気候に大きな影響を及ぼしている。このラブラドル海での深層水形成を起点とする深層循環は気候の温暖化の中で顕著に弱まることが予測されており、気候変動という観点からの関心が高い対象でもある。

ラブラドル海で深層水形成が生じる主たる原因は、冬季に北米大陸から吹き出す寒気によって海面が強く冷却されることにある。この冷却はラブラドル海全域に及ぶものだが、深層対流と呼ばれる高密度化された海水の海面から深層への沈降は、ラブラドル半島沖のごく限られた領域でしか生じていないことが観測によって知られている。深層対流が生じる場所を決める大きな要因は、風によって駆動されるラブラドル海内の反時計回り循環がラブラドル海深層に存在する比較的高密度の海水を持ち上げ、その効果が海盆中央部ほど強いことによる。この作用によって、同じ強さの海面冷却が与えられたとしても、海盆中央部ほど深層対流が生じやすい状況が作られている。

しかしながら、実際に深層対流が頻繁に生じている場所はラブラドル半島側に顕著にずれている。これは、グリーンランドに沿って流れる強海流を起源とする水平スケール 10 km 程度の渦が海盆中央部に向けて比較的低密度の海水を輸送するためだと考えられている。実際、人工衛星観測などにより、グリーンランド沿岸からラブラドル海中央部に向けて多数の渦が輸送されていることが確認されている。グリーンランド沿岸を流れる強海流は、より沿岸側の西グリーンランド海流とより外洋側のアーミンガー海流からなり、前者は北極海を起源とする低温低塩分水、後者はメキシコ湾流を起源とする高温高塩分水と、特徴に大きな違いがある。このどちらを起源とする渦であっても、ラブラドル海中央部に輸送されれば深層対流を抑制する効果を持つ。しかし、実際にどちらを起源とする渦が深層対流の抑制にどの程度効いているのかについては、まだ決着がついていない。

この問題に対する海外で行われた先行するモデリング研究では、主としてアーミンガー海流を起源とする高温水の輸送が深層対流を抑制するという結果が得られているが、そのモデリングではラブラドル海中央部にかけての広い領域で深層対流が生じてしまうという欠点が見られる。すなわち、そのモデリングで表現された高温水の輸送だけでは、ラブラドル海中央部の深層対流を抑制しきれないという結果とも解釈できる。そのモデリングに不足していると考えられる点としては、ラブラドル海内部の解像度が足りないために渦の挙動が十分に再現されないこと、もしくは西グリーンランド海流およびアーミンガー海流の上流部分の表現が不十分であるために渦が輸送する海水が十分に低密度でないことが挙げられる。

ラブラドル海内部を高い解像度で表現しながら、全体としては比較的低い計算コストでグリーンランド沿岸流の上流部分までを十分に表現できるような座標系・格子系を設定し、この問題に取り組んだ(図2)。その結果、深層対流が生ずる領域を含めて、様々な面で従来よりも高い再現性を持つラブラドル海モデリングを実施することができた。これにより、ラブラドル海中央部での深層対流の抑制において、低塩分の西グリーンランド海流を起源とする渦が高塩分のアーミンガー海流を起源とする渦と同程度に重要であることが示された(図2)。


図1: モデルの格子系(10格子ごと)。青のグラデーションは海底深度を表す。



図2: ラブラドル海シミュレーション結果における海面塩分分布の瞬間値。グリーンランド(右上)沿岸に沿って流入する低塩分水が渦によって海盆中央部に輸送されている。



参考文献

Kawasaki, K., and H. Hasumi: Effect of freshwater from the West Greenland Current on the winter deep convection in the Labrador Sea, submitted to Journal of Geophysical Research.

ひとつ上に戻る