最終更新日: 2012年8月30日

潮汐変動に起因する北太平洋域の約20年周期気候変動

気候には様々な時間スケールを持つ準周期的な内部変動(太陽放射や人為起源二酸化炭素など、外部条件の変動によらない自励的な気候変動)が存在する。数年程度の周期を持つ気候変動としてはエルニーニョ南方振動(ENSO)が最も顕著である。エルニーニョとは太平洋赤道域の海面水温が通常よりも顕著に高くなる現象を指し、逆にその領域の水温が通常よりも顕著に低くなるラニーニャ現象と対になって、数年程度の時間スケールを持つ準周期的な変動性を示す。さらに、この太平洋赤道域の水温変動と呼応して、例えばエルニーニョ時には日本で冷夏が生じやすいなど、全地球規模的な気候変動が認められる。一方、十年から数十年の準周期性を持つ気候変動の存在も知られており、その中で最も顕著なもののひとつとして太平洋十年規模振動(PDO)が挙げられる。これは、北太平洋中央部の海面水温が通常よりも高い(低い)時期にはその東側を取り囲む外周部で海面水温が通常よりも低く(高く)なるという空間的な変動パターンが準周期的に繰り返されるものであり、それに伴って黒潮等の海流や太平洋上の気圧配置なども変動する。ENSOやPDOをはじめとして、こうした数年以上の時間スケールを持つ大規模な気候変動においては、海洋の役割が本質的に重要である。

一方、十年程度の周期性を持つ気候変動の中には、外部的な要因を持つと考えられるものも存在する。その顕著な例は18.6年周期の気候変動であり、太平洋亜寒帯域を中心とした海洋構造や環太平洋域の気象現象(降水量等)において、様々な面で有為な18.6年の周期性が認められている。18.6年という明確な周期性からして、この原因となるものは潮汐に存在する18.6年周期以外に考えられない。潮汐は太陽や月による引力が海水に作用する結果であり、半日および一日周期の変動が卓越するが、地球および月の公転軌道の性質のためにより長期の変動性も生じる。18.6年周期は白道面(月の公転軌道面)の黄道面(地球の公転軌道面)に対する傾きが18.6年周期で振動することによるものであり、その影響は主に一日周期潮汐の振幅が増減するという形で現れる。この潮汐変動が気候変動を引き起こす過程には海洋変動が介在しているはずであるが、18.6年周期気候変動の存在が30年以上前から知られていたにも関わらず、その海洋変動がどのようなものであるかは明らかにされていなかった。我々は大気海洋結合モデリングを通して、この18.6年周期気候変動の原因が太平洋北西縁における局所的な海洋混合現象にあることを明らかにした。

北太平洋中層には顕著な低塩分水が存在しており、それはオホーツク海で冬季の結氷によって形成された中層水が千島列島の海峡から流れ出て北太平洋中層を循環した結果である。一般に海峡を通した海水交換には海峡における海水混合が重要な役割を果たすことが知られており、千島列島の場合には潮汐を原因とする海水混合が重要である。潮汐振幅の18.6年周期での増減の幅は場所によって異なり、緯度45度で最大の約 15 % に達するが、これはおよそ千島列島の緯度に相当する。すなわち、千島列島の海峡を通した北太平洋とオホーツク海の間の海水交換は潮汐18.6年変動の影響を最も受けやすく、その影響は北太平洋中層の変動としてより大規模な海洋変動につながる可能性を持っている。

その影響を確認するために、千島列島付近での海水混合の係数を時間的に一定とした場合と、18.6年周期で±15 % 変動させた場合の2通りの数値実験を行った。北太平洋域における海面水温変動の主要な空間パターンを主成分解析で抽出したところ、いずれのケースにおいてもENSOに対応する空間パターンが変動性の最も大きな部分を説明するものであった(図1)。その変動時系列のパワースペクトルを見ると、千島列島付近の海水混合係数を変動させたケースにおいてのみ、統計的に有為な約20年周期の変動成分が認められた(図1)。北太平洋中層の海洋構造変動を追跡したところ、千島列島付近における海水混合の強弱のシグナルは太平洋西端に沿って赤道向きに伝播し、さらに赤道上を東向きに輸送されることによって、エルニーニョ/ラニーニャによる水温シグナルが最も顕著に現れる東部赤道太平洋に数年かけて到達することが示された(図2)。

このシミュレーション結果により、千島列島沿いという極めて局所的な領域における海洋変動が、全太平洋という大規模な海洋および気候変動をコントロールするメカニズムが明らかにされた。

    

図1: (左)年平均海面水温の主成分解析による第1モードの空間パターン(千島列島の海水混合係数を変動させたケースのみを示すが、変動させないケースもほぼ同じ)。(右)その変動時系列のパワースペクトル。青線は混合係数を変動させない場合、赤線は変動させた場合。



図2: 千島列島での海水混合が最大となった1年後における、亜表層での流速変化(矢印は流向のみを示し、大きさを色で示す)。



参考文献

Hasumi, H., I. Yasuda, H. Tatebe and M. Kimoto (2008): Pacific bidecadal climate variability regulated by tidal mixing around the Kuril Islands, Geophysical Research Letters, 35, L14601.

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