最終更新日: 2012年8月30日

アガラス海流の蛇行と全球規模熱塩循環の暖水経路

海洋の中層から深層にかけての循環である熱塩循環は地球規模の気候変動を支配しており、この循環を正確に理解することは気候変動研究には欠かせない。北大西洋北縁を起点とするこの循環は数千年の時間をかけて再び北大西洋に戻ってくるが、この戻り経路としてインド洋からアフリカ南端を経由して大西洋に戻る「暖水経路」と、南アメリカ大陸と南極大陸に挟まれたドレーク海峡を経由して大西洋に戻る「冷水経路」が提唱されている(図1)。両方の経路ともに、海洋渦がその流量の決定に重要な役割を果たしていると考えられているが、その海水輸送のメカニズムは良く分かっていない。この「暖水経路」の海水輸送メカニズムに重要な役割を果たす低気圧性渦のナタール・パルスについて、その生成・発達メカニズムを解明した。

図1: 全球規模熱塩循環の模式図。赤・橙・緑・青の矢印はそれぞれ、海面付近・水深 1000 m 付近・水深 3000 m 付近・海底付近の流れを表す。星印は主な深層水形成領域。大西洋に南から入る流れのうち、赤矢印が暖水経路、橙矢印が冷水経路に対応する。

図1に示された暖水経路において、アフリカ大陸の東側を南下する流れはアガラス海流と呼ばれる世界でも有数の強海流である。一方、南大西洋における北西方向の経路は、アガラス海流から直接つながった定常的な流れではなく、アガラス・リングと呼ばれる直径数十 km 渦が動くことで実現されている(図2)。アガラス海流はアフリカ大陸の南端付近でほぼ360度折り返すが、その折り返し地点で間欠的に渦が切り離され、その渦がアガラス海流の持っていた高温・高塩分の海水を大西洋に運び込む。アガラス海流にはナタール・パルスと呼ばれる小規模な蛇行が時折現れることが知られている(図2)。そして、ナタール・パルスはアガラス海流とともに南下するが、それがアフリカ大陸南端付近に達した時にアガラス・リングが切り離されることが知られている。すなわち、ナタール・パルスはアガラス・リングの発生を、ひいては全球規模熱塩循環の暖水経路をコントロールする現象であり、ナタール・パルスの発生機構や発生頻度を知ることは全球規模熱塩循環の成り立ちを理解する上で重要である。

図2: モデリング結果における、ある瞬間のアフリカ大陸周囲の海面流速[m/s]。大陸の東側に沿う強い流れがアガラス海流で、東経30度付近にナタール・パルスが現れている。アガラス海流は東経20度あたりで折り返し、その先端からアガラス・リングが切り離されて南大西洋を北西方向へ進む。Tsugawa and Hasumi (2010) の結果より。

過去の研究において、ナタール・パルスの発生・発達には順圧不安定と呼ばれる地球流体の不安定現象が重要であることが指摘され、その不安定を引き起こす要因としてナタール湾(東経32度・南緯29度付近)沖の海底が浅くなっていることが効くという説が出された。しかし、我々のモデリングにおいて、その海底が浅くなっている部分を削ってみたところ、ナタール・パルスの発生には影響しないことが示された。そして、ナタール・パルスの発生においては、マダガスカル島の東側からアガラス海流に近づいてくるモザンビーク渦(図2)が重要であり、モザンビーク渦がナタール湾に到達したタイミングで発生することが新たに示された。



参考文献

Tsugawa, M., and H. Hasumi (2011): Generation and growth mechanism of  the Natal Pulse, Journal of Physical Oceanography, 40, 1597-1612.

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