最終更新日: 2012年8月31日

海水位上昇の将来予測

地球温暖化に関わる様々な問題の中でも、海水位の上昇は我々の生活に直接的な影響を及ぼすものとして、高い関心を集めています。ここでは我々が行った地球温暖化の将来予測シミュレーションの結果に基づき、将来の海水位上昇がどこでどのように起こるかについて紹介します。

海水位上昇の主な原因は、大陸氷床や山岳氷河の融解と、海水の熱膨張です。具体的な水位上昇の値は、考えるシナリオ(将来的に大気中の温室効果気体がどのように変わっていくかの仮定)や使用する気候モデルの特性にもよります。我々の結果では、全海洋で平均した水位は、時間とともに図1のように変化します。

図1: 気候モデルでシミュレートした1900年から2100年までの平均海水位変化。1900年から2000年まで(緑線)は20世紀気候再現シミュレーションで、各年の太陽放射や温室効果気体量の変動を与えて気候の状態を再現している。2000年から2100年まではA1B(赤線:2100年時点の大気中二酸化炭素濃度 720 ppm)およびB1(橙線:2100年時点の大気中二酸化炭素濃度 550 ppm)とよばれる温室効果気体増加シナリオに基づく将来予測。実線は海水の熱膨張による分、破線はグリーンランド氷床の減少による分、点線は南極氷床の減少による分で、これらすべてと山岳氷河減少分を足し合わせたものが実際の海水位上昇になる。

海水位はもちろん上昇していくのですが、その内訳を見ると、なじみのない人にとってはおそらく意外であろうことがいくつかわかります。まず、今後の海水位上昇に最も効くのは、海水の熱膨張だということです。海水の熱膨張率は温度によって変わりますが、大雑把に言うと1℃の温度上昇で体積が 0.01 % 程度増えます。この数字に基づくと、例えばもし 5000 m の深さを持つ海の温度が一様に1℃上昇すると、50 cm の水位上昇が起こることになります。今後100年間で、深海の温度上昇は平均的に1℃に達しないと見込まれますが、上層は1℃よりも大きな温度上昇が見込まれ、上層の熱膨張率は上に挙げた数字よりも大きなものです。

また、南極氷床が減少した分による海水位上昇は負である、すなわち、南極氷床は増加して、海水位を下げる働きをするということです。南極氷床の元になっているのは、南極大陸上に降る雪です。気候が温暖化していけば南極氷床が溶ける量は増えるのですが、南極大陸上に降る雪の量も増えます。これは、高温の空気の方が水蒸気を多く含むこと、および温暖化によって大気の循環が活発になって低緯度側から多くの水蒸気を運ぶようになることによります。一方、グリーンランドについても雪はやはり増えるのですが、溶ける量が増える分が最初から勝っています。これは、グリーンランドの面積が南極大陸よりもかなり小さく、水蒸気の供給源となる海に近いためにもともと降雪量が多い状況にあり、温暖化での降雪量増加がもともとの降雪量と比べて大したことがないからです。気候の温暖化の程度が激しくなれば、いつかは南極氷床も減少して海水位の上昇をもたらすようになると思われますが(極端には、あまりに温暖化が進めば雪ではなく雨が降るようになりますが)、この予測シミュレーションの範囲ではそのような段階に達しません。ここでひとつ注意すべきことは、この予測においては、氷床の変化を単純に降雪量と融解量の変化だけから求めていることです。実際には大陸上の氷床は、ゆっくりですが海に向かって流動します。そして海上で切り離されたものが氷山となって海上を漂います。氷床の温度が上がると流動性が大きくなり、氷山の放出が多くなることや、場合によっては突然大規模な崩壊が起こることも無いとは言い切れません。

ここまでは全海洋で平均した水位上昇を見ましたが、水位上昇の大きさは場所ごとに大きな違いがあります。図2に示すように、北太平洋の中緯度(亜熱帯循環域)や南大洋の低緯度側では特に大きな水位上昇が見られる一方、北太平洋の高緯度(亜寒帯循環域)・西部熱帯太平洋・南極大陸周囲では水位上昇が抑えられ、特に南極大陸周囲では逆に水位の低下が見られます。こうしたコントラストが現れるのは、温暖化によって海上を吹く風が変化することによります。

図2: 気候モデルでシミュレートされた、A1B シナリオにおける海水位上昇の空間分布[cm]。1980年から2000年までの平均に対する、2080年から2100年までの平均の上昇分。

温暖化等に関わらず、年などの比較的長時間の平均での海面は完全に水平ではなく、水平面(面上の各点の法線の向きが重力の向きに一致するような曲面)である平均海面に対して±1 m 以上の幅で凸凹しています。もし海に流れが全く存在しなければ、海面は水平面になるはずです。海上を吹く風は風成循環と呼ばれる海洋循環を作りますが、それと同時に海面の凸凹を作り、その凸凹と流れが対応します。天気図になじみのある人は、高気圧や低気圧に伴う風が、北半球ならば高気圧の中心を右に見て(低気圧の中心を左に見て)吹くことをご存知でしょう。それと同じように、海洋の場合には北半球ならば水位の高い中心を右に見るように流れが存在します。上に挙げた大きな水位上昇を示す場所はもともと海面が平均海面よりも高い場所に対応し、水位上昇が小さい場所はもともと海面が凹んでいる場所に対応します。

風の吹き方が変われば海の流れも変わりますが、それは同時に海面の凸凹も変えます。温暖化によって風も様々な面で変化しますが、特に顕著な変化として偏西風が強くなることが挙げられます。それによって偏西風の影響を受ける亜熱帯循環や亜寒帯循環が強化され、もともと水位が高かった場所はさらに高く、低かった場所はさらに低くなる傾向が出ます。海流の強化が特に顕著な南大洋では、海流の中心を挟んで、低緯度側は特に大きな水位上昇を示し、高緯度側では水位の低下さえ見られるようになっています。

偏西風以外にも風の変化は起こりますし、風の変化には直接よらない海流の変化もあります。図2に見られる水位上昇の大小の分布の特徴のうちいくつかのものはそうした海流変化に伴うものですが、ここではこれ以上の詳しい説明は省きます。



参考文献

Suzuki, T., H. Hasumi, T. T. Sakamoto, T. Nishimura, A. Abe-Ouchi, T. Segawa, N. Okada, A. Oka and S. Emori (2005): Projection of future sea level and its variability in a high resolution climate model: Ocean processes and Greenland and Antarctic ice-melt contributions, Geophysical Research Letters, 32(19), no. L19706.

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