雲 〜気候を決める千両役者〜
11月25日(火)14:30−17:30
東京大学本郷キャンパス大講堂
今年の気候システム研究センター公開講座は、「雲」をテーマに開催します。
雲は身近な存在で、のどかに浮かぶ晴天積雲、どんよりと一日中空を覆う層積雲、ゲリラ豪雨をもたらす積乱雲などなど。気候の重要な要素である雨や雪は、雲の中で作られますし、積乱雲のかたまりである台風は人の命をも脅かします。平均すると地球の半分以上は、さまざまな種類の雲で覆われており、雲は気候を決めるのに重要な役割を果たしています。ところが、雲の中でどのようなことが起こっているか、地球温暖化の進行や大気汚染物質の増加により、雲がどんな変質を受けるのかなど、多くが謎につつまれています。今回の公開講座では、私たちが雲や雨の不思議にどのように挑戦しているのかをご紹介したいと思います。
講演1.「宇宙から観る雲と雨」
講師:高薮 縁 Yukari Takayabu
東京大学気候システム研究センター 教授。
独立行政法人海洋研究開発機構地球環境観測研究センターグループリーダー(兼務)。国立環境研究所主任研究員を経て2000年より現職。
【専門】熱帯気象学、気候力学
2007年度猿橋賞受賞。NHK「爆問学問」で爆笑問題と対談、最近では10月放映の「サイエンスZERO」に出演。
【講演要旨】
地球は水の惑星と呼ばれています。水の存在は、私たち生物の生存を可能にしているばかりではなく、雲や雨による放射や相変化に伴う潜熱を通じて地球の大気の流れも大きくコントロールしています。気象衛星ひまわり(MTSAT)の画像を見ると,地球上には実に様々な様相の雲があります。中緯度域では,規則的に西から東に進む温帯低気圧の前線に伴う雲が多いのに対し,沖縄以南の亜熱帯から熱帯域では,積乱雲が湧き上がるように群れをなし,時折大きく渦を巻き始めたかと思うと時に台風を生みだします。中緯度の力学に支配された規則的な雲の動きに比べると一見アットランダムに見える熱帯の雲の動きに、実は大気や海の力学との奥の深い関係があります。中でも面白く、気候の仕組みを理解する上でも大変重要なところは,水平数km・数時間スケールの積乱雲が、10,000km・数年スケールのエルニーニョ南方振動(ENSO)までの階層的なマルチスケール相互作用に一気に係わっているところです。ここでは、宇宙の眼と呼ばれる衛星による観測データを用いて、雲を巡る熱帯気象のマルチスケール相互作用について紐解いていく研究を紹介いたします。
講演2.「台風、その巨大な雲の渦を科学する」
講師:中澤 哲夫 Tetsuo Nakazawa
気象庁気象研究所 台風研究部 第二研究室長
世界気象機関THORPEX アジア地域委員会議長
【専門】熱帯気象学、衛星気象学
今夏行われたTHORPEX太平洋アジア観測実験(T-PARC)で中心的な役割を担う。最近、NHK「おはよう日本」や「クローズアップ現代」「サイエンスZERO」などに出演。
【講演要旨】
毎年のように日本に甚大な災害をもたらし、わたしたちの生活に大きな影響を及ぼす台風。台風など、社会的に大きな影響を持つ大気現象の予測精度を高めるための研究が、世界気象機関により取組まれています。THORPEX(ソーペックス)という国際共同研究計画です。今回は、この夏に日本だけでなく、米国やドイツ、カナダ、韓国などが共同して行ったTHORPEXの太平洋アジア観測実験(T-PARC)の内容について紹介いたします。T-PARCで日本や韓国などがめざしたもの、それは、台風が進路を変えて日本に接近するのか、それとも偏東風に乗って西に進むのか、この台風の進路予測を改善することでした。台風の進路に重要な役割を持つのは、台風を取り巻く周辺の風です。たとえば太平洋高気圧がフィリピンのあたりまで大きく西に張り出している時は、太平洋高気圧の南側の東風が卓越するため、台風が北よりに進路を変えることが難しく日本に接近しにくくなります。しかし、一方でインド洋からの西風がフィリピンの東まで進入しているような時には、台風が北西に進みやすい環境が作られ、日本に上陸しやすい場が形成されることも知られています。しかし、進路予測となると、台風周辺の風の時間変化を予測しなければならず、とてもむずかしい話になるわけです。今回私たちが新しく用いた進路予測改善の決定打、「観測のツボ」についてお話しすることにしましょう。
講演3.「雲と気候 − スーパーコンピュータで謎を解く −」
講師:佐藤 正樹 Masaki Satoh
東京大学気候システム研究センター 准教授。
独立行政法人海洋研究開発機構 地球環境フロンティ研究センター 主任研究員(兼務)。ケンブリッジ大学上席客員研究員等を経て現職。世界で初めての全球雲解像モデルNICAMを開発し、次世代大気モデル研究を推進している。
【専門】大気力学、気候モデリング
日本気象学会賞受賞(2007年)、テレビ朝日報道ステーション(2008年5月20日)、スーパーJチャネル(5月30日)出演、読売新聞夕刊(5月12日)に記事掲載。
【講演要旨】
私たちは地球全体を数kmのメッシュで覆う「全球雲解像モデル」を開発しました。これにより、地球の雲をまるで人工衛星の雲画像のように忠実に再現することが可能になりました。本講演では、スーパーコンピュータを使った最新の気候シミュレーションを紹介するとともに、雲と気候の研究の新しい展開について解説いたします。
雲は地球全体の気候の形成に大きな役割を果たしています。雲は日傘効果や温室効果により地球大気のエネルギー収支を決定づけており、特に熱帯で発生する対流雲は、地球全体の大気の流れの駆動源となっています。対流雲の大きさは数kmであるため、地球温暖化予測に使われてきた従来の気候モデルでは、直接解像することができませんでした。今までは「雲パラメタリゼーション」という半経験的な手法に頼らざるを得ず、これが気候予測の不確定性の大きな要因となっていました。このような困難を打破するために、われわれは世界に先駆けて全球雲解像モデルを開発し、数kmから数千kmにおよぶ雲の階層構造について、ほぼ現実に対応したシミュレーションを示すことができました。全球雲解像モデルは、今後の気候研究に革新を及ぼす新しい数値モデルとして期待されています。
第二部:パネルディスカッション
司会:木本 昌秀 Masahide Kimoto
東京大学気候システム研究センター 副センター長、教授。
気象庁勤務、カリフォルニア大留学等を経て1994年より現センター。
気象庁異常気象分析検討会会長。現在、温暖化による地球の近未来予測を計算中。
【専門】気候モデル、異常気象や気候変動の解析