1. 1.北極海の海氷面積は、9月の最小期に約478万平方キロメートルまで縮小する見込みです。これは昨年より若干大きく、2013, 2014年より若干小さい面積です。


2. ロシア側の北東航路では8月25日頃、多島海を除くカナダ側の沿岸では7月

 14日頃に海氷が岸から離れ、両側ともに航路が開通するでしょう。

予測手法:海氷の動きをもとにした春季の海氷厚の推定

図1:今年9月11日の海氷分布予測図。色は海氷密接度、単位は%。

ロシア側海域の大きな特徴は、ラプテフ海での後退が早く東シベリア海の氷が残りやすい点です。これは、冬季にラプテフ海の海氷が多く流出して薄い海氷の割合が大きくなっており、逆に東シベリア海には海氷が集まり厚い海氷に覆われていると予想されるためです(図5)。この特徴は昨年も同様にみられましたが、今年は昨年よりもさらに厚い海氷が東シベリア海に蓄積しており、そのぶん海氷域の後退も遅れると考えられます(図4, 5)。


カナダ側海域では冬から春にかけて海氷が岸からはなれ、厚い海氷はほとんど残っていません。そのため海氷の融解がすすみやすい状況にあり、昨年よりも早く海氷域が後退するでしょう。


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図3:7月1日から11月1日までの予測海氷分布のアニメーション。実線は過去二年分の氷縁(密接度30%の位置)を示す。

全体的な北極海氷域の後退は、昨年よりも若干遅くなります。


最小期にあたる9月11日の海氷域面積は、約478万平方キロメートルと予想されます。これは昨年より7パーセント大きく、2013, 2014年より6から7パーセント小さい面積です。


ロシア側海域に注目すると、昨年と同様ラプテフ海では海氷域の後退が早く進行する一方で、東シベリア海ではそれに比べて後退が遅れることが予想されます。とくに東シベリア海は現在、例年よりも厚い海氷に覆われていると考えられ、海氷の後退は昨年よりも遅れます。もっとも遅くまで海氷が残るのはカラ海とラプテフ海の間のセヴェルナヤ・ゼムリャ諸島付近で、ロシア側の開水面域がつながるのは、昨年とほぼ同じ8月25日頃と予想されます。また、航路が閉じるのは10月1日頃の見込みです。


多島海を除くカナダ側海域での海氷域の後退は昨年より早く進み、昨年より10日ほど早い7月14日頃には開水面域がつながると考えられます。航路が閉じるのは10月23日頃の見込みです。


※毎日の予測図は国立極地研究所の北極域データアーカイブでも見ることができます。

図2:2003年以降の最小海氷域面積(9月11日の海氷面積)の年変化。2016年の値は今回の予測値

図4:2014年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2015年4月30日の分布。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。

図5:2015年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2016年4月30日の分布。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。

北極海氷分布予報


2016年第一報:2016525



木村詞明, 羽角博康


東京大学大気海洋研究所

夏の北極海の海氷分布は何によって決まるのでしょうか?


それを左右する要因はいくつかあります。春から夏にかけての気象条件(風、気温、雲量など)もそのひとつです。


一般に海氷や気象の予測は、将来の海氷や大気、海洋の状態を現在の状態からコンピュータで数値計算することによって行われます。しかし、数ヶ月先の海氷や大気の状態を数値計算で予測することはほとんど不可能です。一般的なやり方では、春に夏の海氷分布を予測することはできません。


そこで、私たちは春(4月末)の海氷の厚さに注目しました。春の海氷の厚さが分かれば、過去の経験をもとにして、それが融けるまでの日数が予測可能だと考えたのです。


次の問題は、信頼できる厚さ分布のデータが無いことです。そこで、冬から春にかけての海氷の動きから、春の海氷の厚さ分布を間接的に推測し、それをもとに予測を行いました。


この解析には、衛星搭載の国産マイクロ波放射計によるデータを利用しました。2002/03年から2010/11年まではAMSR-E、2012/13年から今春まではAMSR2によるものです。データは国立極地研究所の北極域データアーカイブ(https://ads.nipr.ac.jp)を通じて取得しました。


解析の手法は、冬季の海氷の動きと夏季の海氷分布との関係を示した私たちの研究(Kimura et al., 2013 [論文を見る])を基礎としています。冬から春にかけて例年より海氷が集まる場所では海氷が厚くなり、遅くまで海氷が残る(逆に海氷がまばらになる場所では早く海氷がなくなる)という関係をもとに夏の海氷分布を予測します。


この計算のために、まず毎日の海氷の動きを算出しデータセットを作成します。次に、12月1日の海氷域上に等間隔に粒子を配置し、計算した漂流速度を用いてこの粒子の4月30日までの動きを追跡します(図6)。このときの粒子の分布をもとに夏の海氷分布を予測します。


また、この際、追跡をはじめる12月1日の海氷の厚さを粒子に持たせて計算しました。現在、広範囲な海氷の厚さを正確にモニタリングすることは困難ですが、人工衛星データを利用した厚さ観測手法の開発がすすめられています。この予測ではマイクロ波放射計による観測データを用いたKrishfield et al. (2014)による手法で計算したものを用いました。ただし、厚さの精度が十分でないことから、1.5mより厚い海氷についてのみ粒子に厚さ与えました。つまり、もともととても厚かった海氷が春季にどのように分布しているかを予測の際に考慮したことになります。

図6:2014年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2015年4月30日までの動きのアニメーション。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。

北極航路の利用や海氷予測、ここで用いた予測手法についてご質問がある場合は、木村(kimura_n@aori.u-tokyo.ac.jp)までお問い合わせください。

引用文献

Kimura, N., A. Nishimura, Y. Tanaka and H. Yamaguchi, Influence of winter sea ice motion on summer ice cover in the Arctic, Polar Research, 32, 20193, 2013.


Krishfield, R. A., Proshutinsky, A., Tateyama, K., Williams, W. J., Carmack, E. C., McLaughlin, F. A., and Timmermans, M. L., Deterioration of perennial sea ice in the Beaufort Gyre from 2003 to 2012 and its impact on the oceanic freshwater cycle, J. Geophys. Res., 119, 1271-1305, doi:10.1002/2013JC008999, 2014.


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この予測およびその基礎となる研究は、北極域研究推進

プロジェクト(ArCS)で実施しています