1.北極海の海氷面積は9月の最小期に約458万平方キロメートルまで縮小する見込みです。これは昨年より若干大きく、一昨年とほぼ同じ面積です。
2.ラプテフ海、チャクチ海では例年より速く、東シベリア海、ボーフォート海では例年並みの速さで海氷域が後退します。
3.ロシア側の北東航路では8月20日頃、多島海を除くカナダ側の沿岸では7月20日頃に海氷が岸から離れ、両側ともに航路が開通するでしょう。
予測手法:海氷の動きをもとにした春季の海氷厚の推定
図1:今年9月11日の海氷分布予測図。色は海氷密接度、単位は%。
今年の海氷後退の特徴はラプテフ海、チャクチ海での海氷後退が例年より速いことです。
これは、冬季から春季にかけての期間にこれらの海域の海氷が多く流出し、薄い海氷の割合が増えているためです。一方、ボーフォート海には厚い海氷が多く残っており、7月中の海氷の後退が速かった昨年にくらべると遅くまで海氷が残るでしょう。
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図3:7月1日から9月15日までの海氷分布予測値(白い場所が海氷)のアニメーション。実線は過去二年分の氷縁(密接度30%の位置)を示す。
最小期にあたる9月11日の海氷域面積は、約458万平方キロメートルと予想されます。これは昨年より8パーセント大きく、2013, 2014年より10から11パーセント小さい値です。
ロシア側海域では、ラプテフ海で海氷域の後退が速く進行する一方で、東シベリア海ではそれよりも遅く例年並みの速さで海氷域が後退することが予想されます。もっとも遅くまで海氷が残るのはラプテフ海の西のセヴェルナヤ・ゼムリャ諸島付近で、ここの海氷が大陸から離れロシア側の開水面域がつながるのは、昨年とほぼ同じ8月20日頃と予想されます。
カナダ側海域ではチャクチ海での海氷後退が速いものの、ボーフォート海の海氷後退は昨年より遅く例年並みになります。北アメリカ大陸沿岸は、昨年より10日ほど遅い7月20日頃に開水面域がつながると考えられます。
※毎日の予測図は国立極地研究所の北極域データアーカイブでも見ることができます。
図2:2003年以降の最小海氷域面積(9月11日の海氷面積)の年変化。2017年の値は今回の予測値
図5:2015年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2016年4月30日の分布。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。
図6:2016年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2017年4月30日の分布。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。
北極海氷分布予報
2017年第一報:2017年5月19日
木村詞明, 羽角博康
東京大学大気海洋研究所
夏の北極海の海氷分布は何によって決まるのでしょうか?
それを左右する要因はいくつかあります。春から夏にかけての気象条件(風、気温、雲量など)もそのひとつです。
一般に海氷や気象の予測は、将来の海氷や大気、海洋の状態を現在の状態からコンピュータで数値計算することによって行われます。しかし、数ヶ月先の海氷や大気の状態を数値計算で予測することはほとんど不可能です。一般的なやり方では、春に夏の海氷分布を予測することはできません。
そこで、私たちは春(4月末)の海氷の厚さに注目しました。春の海氷の厚さが分かれば、過去の経験をもとにして、それが融けるまでの日数が予測可能だと考えたのです。
しかし、残念ながら現在のところ海氷の厚さ分布の高精度なデータはありません。そこで、冬から春にかけての海氷の動きから、春の海氷の厚さ分布を間接的に推測し、それをもとに予測を行いました。
この解析には、衛星搭載の日本のマイクロ波放射計によるデータを利用しました。2002/03年から2010/11年まではAMSR-E、2012/13年から今春まではAMSR2によるものです。データは国立極地研究所の北極域データアーカイブ(https://ads.nipr.ac.jp)を通じて取得しました。
解析の手法は、冬季の海氷の動きと夏季の海氷分布との関係を示した私たちの研究(Kimura et al., 2013 [論文を見る])をもとにしています。冬から春にかけて例年より海氷が集まる場所では海氷が厚くなり、遅くまで海氷が残る(逆に海氷がまばらになる場所では早く海氷がなくなる)という関係をもとに夏の海氷分布を予測します。
この計算のために、まず毎日の海氷の動きを算出しデータセットを作成します。次に、12月1日の海氷域上に等間隔に粒子を配置し、計算した漂流速度を用いてこの粒子の4月30日までの動きを追跡します(図7)。このときの粒子の分布をもとに夏の海氷分布を予測します。
また、この際、それぞれの粒子に追跡をはじめる12月1日の海氷の厚さを持たせました。ここでの海氷の厚さは、マイクロ波放射計による観測データを用いたKrishfield et al. (2014)による手法で計算したものを用いました。ただし、厚さの精度が十分でないことから、1.5mより厚い海氷についてのみ粒子に厚さ与えました。つまり、もともととても厚かった海氷が春季にどのように分布しているかを予測の際に考慮したことになります。
図7:2016年12月1日の海氷域上に等間隔に配置した粒子の2017年4月30日までの動きのアニメーション。色は12月1日時点での海氷の厚さを示す。
北極海の衛星モニタリングや海氷予測、ここで用いた予測手法についてご質問がある場合は、木村(kimura_n@aori.u-tokyo.ac.jp)までお問い合わせください。
引用文献
Kimura, N., A. Nishimura, Y. Tanaka and H. Yamaguchi, Influence of winter sea ice motion on summer ice cover in the Arctic, Polar Research, 32, 20193, 2013.
Krishfield, R. A., Proshutinsky, A., Tateyama, K., Williams, W. J., Carmack, E. C., McLaughlin, F. A., and Timmermans, M. L., Deterioration of perennial sea ice in the Beaufort Gyre from 2003 to 2012 and its impact on the oceanic freshwater cycle, J. Geophys. Res., 119, 1271-1305, doi:10.1002/2013JC008999, 2014.
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この予測およびその基礎となる研究は、北極域研究推進
プロジェクト(ArCS)で実施しています
図4:2003年から2016年までの海氷分布(黄線)と今年の海氷分布(予測値:赤線)の7月1日から9月15日までの変化。線は密接度30%の位置。