研究室概要
研究分野
:地球温暖化,極域気候,古気候モデリング,全球気候モデル
メッセージ
自然科学者として,地球環境が変動するメカニズムの理解という科学的真理の追及と地球規模の環境問題に対する正しい知見の提供という社会的役割を果たすことを最終的な目標として研究を行っています.気候システムを研究対象とし,その一部分のみに注目するのではなく,構成する大気,海洋,海氷,陸面といったサブシステム間の相互作用や複雑に絡み合うプロセス間の連動性を解明することによって,統合的な理解を得ることに重きを置いています.細部にも注意を払いつつ俯瞰的な視野に立ち,多階層,マルチスケールの複雑系の理解に挑戦することに興味のある学生と一緒に研究できることを楽しみにしています.
研究内容の紹介
地球温暖化は,人間の生活(安全,健康,水資源,食糧,経済,エネルギー,サービス)や生態系・生物多様性に多大な影響を与えうる現代の深刻な環境問題の一つです.地球科学的には,『自然』という枠組みの中で変動してきた気候システムが,人間活動といういわば『外部』からの刺激に対してどのように応答するかという,本質的理解が試される課題でもあります.環境影響やその対策を考える上で基礎情報となる気候の将来予測は,地球全域をカバーする数値気候モデルを中心に行われますが,様々な要因により不確実性が生じます.私の研究では,その不確実性を低減するべく,主に気候モデルを使って,気候感度と気候フィードバック,極域の温暖化メカニズムの理解,中・高緯度の気候変動と熱帯降水分布のテレコネクション・メカニズムの解明,過去に起きた気候変動メカニズムの理解とそれを基にした将来の気候変動に関する知見の提供,気候とグリーンランド氷床や南極氷床との相互作用の理解,過去と将来の気候変動における植生分布変化の役割の解明などに取り組んでいます.その他,不思議に思ったことはなんでも精力的に調べていくつもりです.
- 気候感度と気候フィードバック
将来,気温はどのくらい上昇するのでしょうか?気候は,地球が吸収する太陽放射エネルギーと地球から出て行く熱放射エネルギーの釣り合いによって安定な状態が保たれます.大気中の温室効果ガス濃度が増加すると,地球から出て行くエネルギーは一時的に減りますが,温度の上昇が熱放射の増加につながるため,やがて地球が吸収する量と地球から出ていく量が釣り合う状態に落ち着きます.実際の地球では,この過程において様々な「フィードバック」が働きます.たとえば,地球が吸収する太陽放射は日射に対する反射率に依存しますが,これは雪や海氷,雲の分布などで決まり,地上気温によって強く規定されます.また,出ていく地球放射は温室効果の強さに依存しますが,これは大気中の水蒸気量や雲,気温の鉛直構造などによって決まり,こちらも地上気温によって強く規定されます.つまり,放射収支が一旦崩れると地上気温が変わり,その気温変化が放射収支をさらに変えるといったループ構造になっています.こうした気候フィードバック・プロセス一つ一つをきちんと理解し定量化していくとともに,プロセス間の連動性の解明も目指しています.
- 極域の気候変動メカニズム
地球温暖化と一口に言っても,地球上どこでも同じスピードで暖かくなるのでしょうか?数値気候モデルを使った研究では,他の地域に比べて,北極のそれも地表付近の秋から冬にかけての温度上昇が極端に大きくなることが1970年代から予測されていました.そして,最近の観測により,その予測は基本的に正しかったことが確認されています.この特徴は,北極域温暖化増幅(Arctic amplification)と呼ばれています.
これまでの研究から,どの気候フィードバック・プロセスがどのくらい北極域温暖化増幅に寄与するか,ある程度明らかになってきました.一方で,気候フィードバック・プロセスの気象学的実体は不明瞭なままです.気象を通して北極域の気候変動メカニズムを理解することによって,近年の比較的短い期間のデータから得られる知見を長期的な将来予測における北極域温暖化増幅メカニズムの理解と信頼性評価に役立てることができると考えています.
他方,南極域の地表付近における温暖化のスピードはこれまでのところ比較的ゆっくりと進んでいます.しかし,温暖化に伴う余剰の熱は海洋内部に蓄積されており,南極氷床全体としては質量損失の傾向,東南極の一部では質量増加の可能性も指摘されています.長期的な地球環境を考える上では,こうした気候氷床相互作用の理解も重要であり,注目しています.
- 過去の気候と将来予測
気候は地球の長い歴史の中で常に変動してきたから,将来も心配はいらないのでしょうか?気候の変化を考える場合には,その大きさやスピードが重要です.ボートは常に揺れているからもっと揺らしても良いというわけではありませんし,1日で真冬から真夏に変わったら健康を害します.また,原因やメカニズムを知ることも重要です.これまでの研究から,将来の気候の類型を過去に求めることは難しいことがわかってきました.その理由は,大陸配置といった境界条件や気候変動の原因が時代によって異なるからです.一方で,気候の応答を決める主要な物理メカニズムには共通性があることもわかってきました.単に鏡に映る未来像を地球史の中に探すのではなく,気候システムの変動メカニズムの理解が過去と将来を結ぶ架け橋になると考えています.氷期のような過去の寒冷期の研究とともに,最近では過去の温暖期の研究にも積極的に取り組んでいます.
研究手法
:数値シミュレーション・数値実験・データ解析
コンピュータの中に数理的に作られた仮想の地球,全球気候モデルを主な研究ツールとして利用しています.工夫を凝らしたさまざまな数値実験を通して,コンピュータで再現された現象のメカニズム解明に取り組んでいます.また,観測データや過去の気候復元データを利用して気候モデルの信頼性評価にも取り組んでいます.
主要論文・著書
- Yoshimori, M., F. H. Lambert, M. J. Webb, and T. Andrews (2020): Fixed anvil temperature feedback - positive, zero or negative? J. Climate, 33, 2719-2739.
- Yoshimori, M. and M. Suzuki (2019): The relevance of mid-Holocene Arctic warming to the future. Clim. Past, 15, 1375-1394.
- Yoshimori, M., A. Abe-Ouchi, H. Tatebe, T. Nozawa, and A. Oka (2018): The importance of ocean dynamical feedback for understanding the impact of mid-high-latitude warming on tropical precipitation change. J. Climate, 31, 2417-2434.
- Yoshimori, M., A. Abe-Ouchi, and A. Laîné (2017): The role of atmospheric heat transport and regional feedbacks in the Arctic warming at equilibrium. Clim. Dyn., 49, 3457-3472.
- 日本気象学会地球環境問題委員会編 (2014): 地球温暖化〜そのメカニズムと不確実性〜. 朝倉書店, 12月10日刊行(編集委員, 分担執筆).
- 吉森 正和, 阿部 彩子 (2013): 古気候からみた気候感度の推定と気候フィードバック in 図説 地球環境の事典, 朝倉書店, 9月25日刊行.
- 吉森 正和,横畠 徳太,小倉 知夫,大石 龍太,河宮 未知生,塩竈 秀夫,對馬 洋子,小玉 知央,野田 暁,千喜良 稔,竹村 俊彦,佐藤 正樹,阿部 彩子,渡部 雅浩,木本 昌秀 (2012): 気候感度 Part 1: 気候フィードバックの概念と理解の現状.天気, 59(1), 5-22.
大学院講義
:古環境学
学部講義
:地球環境学,地球惑星環境学基礎演習II,全学自由研究ゼミナール
関連セミナー
- 気候システムセミナー
大気海洋研究所気候システム研究系全教員が担当.国内外の研究者および大気海洋研究所メンバーによる研究発表を通じて最新の研究動向を知る.
- 気候コロキウム
大気海洋研究所の教員8名が担当.参加メンバーによる研究発表を通じて,気候解析手法,気候モデリング,気候変動論,気候力学を学ぶ.
- 気象学・気候学基礎セミナー
修士1年生主体の輪読型セミナー.例年,「An Introduction to Dynamic Meteorology by J. Holton」を読む.
- GCMセミナー
学生主体のセミナー.大循環モデルの力学過程,物理過程について学ぶ.