北極の気候変動メカニズム
敏感な北極
二酸化炭素に代表される温室効果ガスの産業革命以降の急激な濃度増加に伴って、『地球温暖化』が問題になっています。そして、この問題は今後より深刻化し、人間の生活や生態系・生物多様性に大きな影響を与えることが懸念されています。ところで、地球温暖化と一口に言っても、地球上どこでも同じように暖かくなるのでしょうか?コンピュータの中で地球の気候を数値的に表現する気候モデルを使った研究では、他の地域に比べて、北極のそれも地表付近の秋から冬にかけての温度上昇が極端に大きくなることが1970年代から予測されていました(Manabe and Wetherald 1975, Manabe and Stouffer 1979)。そして、最近の観測により、その予測は基本的に正しかったことが確認されました(Screen and Simmonds 2010, Serreze and Francis 2006, Serreze et al. 2009)。これは、北極温暖化増幅(Arctic
amplification)と呼ばれています。
北極の重要性
このように、北極は地球温暖化の影響がもっとも顕著に現れる地域であり、先住民族の生活をはじめ、脆弱な生態系、さらなる温暖化を引き起こすプロセスの存在、資源開発、北極海航路などに関連して、社会的にも地球科学的にも重要な地域です。高緯度にはグリーンランド氷床や永久凍土があり、それぞれ融解による海面上昇への寄与やメタンガス放出の可能性などが議論されています。メタンは温室効果ガスですので、さらなる温暖化を引き起こす可能性があります。21世紀半ば頃までには夏の北極海の氷はなくなるという予測もあります。ホッキョクグマは海氷の減少に伴い、捕食期間が短くなることが予想され、2005年に国際自然保護連合により、2008年にはアメリカ合衆国政府により絶滅が危惧される種に指定されました。フィリピンのピナツボ火山が噴火した後の寒冷化で、遠く離れた極地でホッキョクグマの個体数が一時的に増加したことは興味深い事実です。科学ジャーナリストのハイディ・カレン著の「ウェザー・オブ・ザ・フューチャー 気候変動は世界をどう変えるか」には、先住民族の狩猟文化をはじめとする生活様式の激変に対する懸念が臨場感を持って伝えられています。また、北極の気候変化の影響は、北極域に留まらず、中緯度や低緯度にまで及ぶ可能性が指摘されています。必ずしも悪影響だけではないと考えられますが、急激な変化は今後注視していく必要があります。
北極の温暖化プロセス
北極はなぜ他の地域よりも温暖化が顕著に現れるのでしょうか?必ず引き合いに出されるのが雪氷アルベドフィードバックです。ここで言うアルベドとは、地表面の太陽光に対する反射率のことを指します。何らかの理由で一度気温が上昇すると、雪や氷が融け、アルベドの低い海面、陸上では植物や土壌が露出します。アルベドが低いほど、太陽光の吸収率は良くなりますから、温暖化が促進されます。しかし、実際には他の様々なプロセスが同時にエネルギーのやりとりを行っています(図1)。たとえば、近年の海氷の減少は夏から秋に顕著ですが、北極の気温上昇は地表付近では日のほとんど昇らない秋から冬にかけて顕著に見られます。海の蒸発は海面から潜熱を奪い、大気中で凝結するときにその熱を放出します。低緯度からの熱の輸送が増えたり減ったりすれば、北極の気温も上下すると考えられます。こうしたプロセスを一つ一つ検証することによって、北極の気候変動メカニズム、そしてなぜ北極は他の地域に比べて「敏感」であるのかを解明しようとしています。
図1:大気から見た北極におけるエネルギーのやりとり(陸地は省略)
参考文献