気候感度と放射フィードバック

 

地球の気候を変える原因

20世紀半ば以降の『地球温暖化』が、人類の排出する温室効果ガスによって引き起こされたことは科学的事実です。一方で、気候は温室効果ガスだけでなく、その他の様々な原因によっても変動します。地球のエネルギー収支に注目すると、こうした原因には、太陽活動による日射の増減、火山噴火によって放出される成層圏エアロゾルの増加を通した日射の減少、大気汚染物質である対流圏エアロゾルやオゾン濃度の増減を通した日射の反射・吸収などが挙げられます。こうした(外的な)変動原因を定量化するのに便利な指標として、「放射強制力」があります。放射強制力は、通常W/m2で表され、物理的には上記の変動原因によって放射伝達を通して瞬時に生じるエネルギーの過不足を意味します。結果として引き起こされる気温変化の大きさは、放射強制力にほぼ比例して大きくなります。二酸化炭素が倍になったときの放射強制力は約4 W/m2であることがわかっていますから、このときの気温上昇がわかれば、二酸化炭素以外の気候変動原因によって引き起こされる気温変化も、放射強制力を通して見積もることができます。

 

気候感度の重要性

理論的には、大気中の二酸化炭素濃度が倍になって十分時間が経過すると、温度の上昇とともに地球からの熱放射が増加して、エネルギーの過不足が解消し、気候は新しい平衡状態に達します。このときの地上気温の上昇量(℃)を気候感度と言います。IPCC4次評価報告書では、この値は24.5℃(信頼区間66%)と推定されていて、2倍以上の不確実性があります。気候感度が正確にわかると、将来二酸化炭素濃度が上昇した際にどのくらい気温が上昇するかの予測精度が向上します。また、雨量をはじめとして多くの気候要素は気温の上昇とともにその変化量が大きくなるため、これらの予測にも役立ちます。同様に、過去の気温変動のうちどのくらいが何の原因によってもたらされたのかをより正確に推定できるようになります。さらに、将来の気温上昇をある一定値内に抑えるためには、どの変動原因を今後どのくらい減らすべきかといった議論も可能になります。

 

気候感度を決めるもの

気候感度はどのように決まるのでしょうか。大気中の二酸化炭素濃度が倍になり、エネルギー収支がプラスになると、地球の表面温度が上昇します。温度の上昇は上空への熱放射の増加を意味しますから、やがてエネルギー収支がゼロ、つまり地球に入ってくるエネルギーと出ていくエネルギーが釣り合う状態に落ち着きます。これだけであれば、気候感度は約1℃になります。ところが、実際の地球では、この過程において様々な「フィードバック」が働きます。たとえば、地球が吸収できる太陽放射エネルギーは日射に対する反射率で決まりますが、これは雪や海氷、雲の分布などで決まり、地上気温によって強く規定されます(図1)。また、地球から熱放射として出ていくエネルギーは温室効果の強さによって決まりますが、これは大気中の水蒸気量や雲、気温の鉛直構造などによって決まり、こちらも地上気温によって強く規定されます。つまり、放射収支(入力)が一旦崩れると地上気温(出力)が変わり、その気温変化が放射収支(入力)をさらに変えるといったループ構造になっています(図2)。放射収支に関係するこうした過程を放射フィードバックと呼んでいます。

 

 

 

1 外部強制(CO2)とフィードバック(水蒸気、温度構造、海氷、雪、雲)による放射収支への影響。

 

 

 

2 放射フィードバック・ループ

 

 

研究方法

私の研究は、気候感度のより正確な推定と推定結果の検証を目標に行っています。これには、主に二つの方法が考えられます。一つ目は、放射フィードバックに関係する個々の物理プロセスを観測データなどから一つ一つ検証し、より精緻なものに改良していくボトムアップな方法です。要素モデルを構築・改良した上で集積し、結果的に気候感度の推定に使用される気候モデルを改善します。二つ目は、気候モデルによって再現された現在や過去の気候の中から、気候感度を強く規定している気候要素を探しだして、観測データや古気候復元データを基にモデルが示す気候感度の不確実性幅を制約するトップダウンな方法です。両者には、それぞれ一長一短がありますが、これらをうまく組み合わせることが大事だと考えています。これまでの研究では、主に後者の方法で、約2万年前の最終氷期最盛期の気候を基に気候感度の推定と検証を行ってきました。その結果、次のことがわかってきました。氷期の寒冷化、特に氷床のアルベド効果によってもたらされた寒冷化と二酸化炭素濃度の上昇、つまり温室効果によってもたらされる温暖化の関係は雲の応答の違いのために複雑で、氷期の地球平均気温がわかっても気候感度を推定することは難しい。一方で、氷期の熱帯地域の寒冷化は二酸化炭素濃度の低下の影響を強く受けていて、当時の熱帯の温度が正確に分かれば気候感度の推定精度を上げることができるかもしれない。

 

気候感度に関する出版物

Hargreaves, J. C., J. D. Annan, M. Yoshimori, and A. Abe-Ouchi (2012): Can the Last Galcial Maximum constrain climate sensitivity? Geophys. Res. Lett., doi:10.1029/2012GL053872.

Shiogama, H., M. Watanabe, M. Yoshimori, T. Yokohata, T. Ogura, J. D. Annan, J. C. Hargreaves, M. Abe, Y. Kamae, R. O'ishi, R. Nobui, S. Emori, T. Nozawa, A. Abe-Ouchi and M. Kimoto (2012): Perturbed physics ensemble using the MIROC5 coupled atmosphere-ocean GCM without flux corrections: experimental design and results - Parametric uncertainty of climate sensitivity. Clim. Dyn., doi:10.1007/s00382-012-1441-x (published online).

Yoshimori, M., T. Yokohata, and A. Abe-Ouchi (2009): A comparison of climate feedback strength between CO2 doubling and LGM experiments. J. Climate, 22(12), 3374-3395. doi:10.1175/2009JCLI2801.1.

Yoshimori, M., J. C. Hargreaves, J. D. Annan, T. Yokohata, and A. Abe-Ouchi (2011): Dependency of feedbacks on forcing and climate state in physics parameter ensembles. J. Climate, 24(24), 6440-6455.

吉森 正和,阿部 彩子 (2009): 気候感度の制約において第四紀研究の果たす役割と可能性について.第四紀研究, 48(3):143-162.

吉森 正和,阿部 彩子 (2010): 気候システムの統一的理解と将来予測へ向けた古気候モデリング.月刊海洋, 42(3), 142-151.

吉森 正和 横畠 徳太,小倉 知夫,大石 龍太,河宮 未知生,塩竈 秀夫,對馬 洋子,小玉 知央,野田 暁,千喜良 稔,竹村 俊彦,佐藤 正樹,阿部 彩子,渡部 雅浩,木本 昌秀 (2012): 気候感度 Part 1: 気候フィードバックの概念と理解の現状.天気, 59(1), 5-22.

吉森 正和,横畠 徳太,小倉 知夫,大石 龍太,河宮 未知生,塩竈 秀夫,對馬 洋子,小玉 知央,野田 暁,千喜良 稔,竹村 俊彦,佐藤 正樹,阿部 彩子,渡部 雅浩,木本 昌秀 (2012): 気候感度 Part 2: 不確実性の低減への努力.天気,59(2), 91-109.

吉森 正和,横畠 徳太,小倉 知夫,大石 龍太,河宮 未知生,塩竈 秀夫,對馬 洋子,小玉 知央,野田 暁,千喜良 稔,竹村 俊彦,佐藤 正樹,阿部 彩子,渡部 雅浩,木本 昌秀 (2012): 気候感度 Part3: 古環境からの検証.天気,59(3), 143-150.

吉森正和 (2013): 気候感度の不確実性と地球温暖化予測. 日本気象学会2013年度春季大会シンポジウム要旨集、変化する地球環境と気象学の役割, 24-29.

吉森正和阿部彩子 (2013): 古気候からみた気候感度の推定と気候フィードバック in 図説 地球環境の事典.朝倉書店.

Watanabe, M., H. Shiogama, T. Yokohata, T. Ogura, M. Yoshimori, S. Emori and M. Kimoto (2011): Constraints to the tropical low-cloud trends in historical climate simulations. Atmos. Sci. Lett., 12(3), 288-293.

Watanabe, M., H. Shiogama, T. Yokohata, Y. Kamae, M. Yoshimori, T. Ogura, J. D. Annan, J. C. Hargreaves, S. Emori and M. Kimoto (2012): Using a multi-physics ensemble for exploring diversity in cloud-shortwave feedback in GCMs. J. Climate, 25(15), 5416-5431.

Watanabe, M., H. Shiogama, M. Yoshimori, T. Ogura, T. Yokohata, H. Okamoto, S. Emori and M. Kimoto (2012): Fast and slow timescales in the tropical low-cloud response to increasing CO2 in two climate models. Clim. Dyn., 39(7-8), 1627-1641.


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