ハドレー循環と熱帯収束帯
熱帯外の気候変動が熱帯の降雨分布に与える遠隔影響
熱帯外の気候変動によって熱帯の降雨帯が南北に移動することは「ITCZの南北シフト」として知られています。たとえば、気候モデルにおいて北半球の中高緯度を冷やした場合には、南半球で上昇流偏差を伴う赤道を跨ぐハドレー循環の変化が見られ、それに伴って降雨帯が南に移動することが複数の気候モデル実験で示されています(図1)。また、古気候指標データからも、氷期において氷床の融解水が大西洋に大量に供給され中高緯度が冷えたときに、こうした気候モデルによる実験結果と整合する形でITCZの変化が起きたことが示唆されています。
図1:エネルギーフラックスで見た熱帯外の気候変動が熱帯の降雨分布に与える遠隔影響の仕組み
20世紀後半から21世紀にかけては、エアロゾルの濃度変化が中緯度で集中して起き空間的に非一様な分布をしており、熱帯収束帯の位置や降雨強度に影響を与えたことが指摘されています。また、将来の地球温暖化においては、北極域や北半球陸上が他地域に比べて顕著に温暖化することがほぼ全ての気候モデルによって予測されています。したがって、過去・現在・将来における気候変動を理解するためには、こうした熱帯外の南北非対称な気候変動が熱帯へ与える影響の基本的メカニズムを理解することが非常に重要です。さらに、多くの気候モデルには南大洋に大きな再現誤差(高温バイアス)があることが知られ、ITCZの再現性を悪くする遠隔影響が指摘されています。それに起因して将来予測に誤差が生じることも懸念されます。
放射フィードバックと力学的解釈の統合へ向けて
Yoshimori and
Broccoli (2008)は、エアロゾルや対流圏オゾンなど様々な強制要因に対して、北(南)半球に相対的により多くの放射強制力が加えられた場合には、南(北)半球の熱帯の降水量が減少し、北(南)半球の熱帯の降水量が増加することを示しました。また、それに伴うハドレー循環の偏差は、強制要因の種類や分布の詳細によらず、加えられた半球間の放射強制力の差によってほぼ決まることを示しました。さらにYoshimori and Broccoli (2009)では、ハドレー循環の応答は循環自体の変化による水蒸気、温度減率、雲の変化を通した放射フィードバックとエネルギーの過不足を補うために要求されるハドレー循環による南北熱輸送偏差とがバランスするように決まることによって説明されるというパラダイムを提唱しました。このパラダイムは、一つの半球に加えられた放射強制力の半分以上に相当するエネルギーを別の半球へ輸送できる理由を説明することができます。しかし、放射フィードバックとエネルギー収支という点からは年平均偏差を非常によく説明できる一方、ハドレー循環の応答の季節性を説明するには至りませんでした。また、これ以降も多くの関連する論文が出版されてきましたが、いずれも「ハドレー循環によってエネルギーの過不足を解消するためにより暖かい半球に向かって降雨帯が移動する」という程度の記述に留まっています。
熱帯における下層の収束には海面水温の温度勾配が重要な役割を果たしており、また中緯度における角運動量輸送には渦が重要な役割を果たしています。したがって、過去から将来におけるハドレー循環の変動を統一的に説明する『理論』を確立するためには、放射過程に力学的診断を融合させた解析を展開する必要があります。
参考文献
Yoshimori, M. and A. J.
Broccoli (2008): Equilibrium response of an Atmosphere-mixed layer ocean model
to different radiative forcing agents: global and zonal mean response. J.
Climate, 21(17), 4399-4423.
Yoshimori, M. and A. J.
Broccoli (2009): On the link between Hadley circulation changes and radiative
feedback processes. Geophys. Res. Lett., 48, L20703,
doi:10.1029/2009GL040488.