古気候モデリングとは


過去の気候を知るには、地質学、生物学、化学、物理学の知識を総動員します。対象となる資料は、動物の化石、花粉や植物の微化石、湖底や海底の堆積物、サ ンゴ、鍾乳石、氷床コア、樹木など非常に多岐にわたります。こうした資料には、過去の気候状態が生物地球化学循環(あるいは物質循環)を通して同位体や元 素の比といった形で記録されています。これらの化学情報を丁寧に読み取り、気候に読み替える作業を「気候の復元 - climate reconstruction」と言います(ここで言う化学情報のことを専門用語では「代替指標 - proxy」、まれに「間接指標」、業界用語では単に「データ」と呼びます)。

過去の気候変動要因には、大陸配置や陸上・海底地形(プレート・テクトニクス)、地球の自転や公転(天文学的要素)、太陽活動、火山噴火、大気中の温室効果気体やエアロゾルの濃度の変化などがあります。これらの変化を正確に知ることも過去を読み解く上で大事な作業になります。従来の古気候研究の多くは、変動要因 と復元された気候の時間変化の特徴の対比などが中心に行われてきました。最近では、過去を知り定性的な関係を検証するだけでは不十分で、変動メカニズムを 定量的に理解する重要性が認識されるようになってきました。これを行うのに適した道具が気候モデルであり、気候モデルを使って過去の気候を研究することを 「古気候モデリング」と言います。「モデリング」という言葉自体はどちらかというとモデルを作成するという意味合いが強いかもしれませんが、ここではモデ ルを使った数値実験を意味します。

過去の気候をコンピュータの中で再現するには、過去の気候の情報を入力するのではなく、過去の気候の変動要因を入力します。気候モデルは、与えられた要因 に対して物理法則に基づいて勝手に過去の気候を計算します。したがって、復元された過去の気候はモデルとは独立した正解として、モデルの出した解答を採点 するのに使用されます。つまり、将来の気候予測に使われるモデルとまったく同一のものを、過去の気候を用いて評価することができるわけです。したがって、 「古気候モデル」というものは特殊な場合を除いてありません。また、過去の気候がモデルによって正しく再現できた場合には、複数ある気候変動要因を差し替 える実験を行うことによって、どの要因がどのようにどの程度効いているかを調べることが可能になり、気候変動の理解へとつながっていきます。さらに、モデ ルと復元データの比較だけでなく、世界中のモデルで共通の実験を行って結果を比較し合うことによって、モデルの振る舞いや不確実性の理解に役立てることができます(実際、古気候モデリング相互比較プロジェクトは、20年以上こうした活動を主導してきています)。

古気候モデリングの目的には大きく、1) 過去の気候変動のメカニズムに対する仮説を定量的に検証することによって、気候システムの本質的・統合的理解を深める、2) 将来予測に用いられる気候モデルの振る舞いや性能評価を現在とは異なった条件下で検証する、3) 過去と予測される将来の気候変動の共通性や相違性を、メカニズムの理解を通して精査することによって、将来予測の不確実性評価や低減に結びつけることが考えられます。

古気候復元にとっても、モデルを使うことによって次のようなメリットが考えられます:1) 仮説を定量的に検証することによって復元された変動のメカニズムを理解、2) 欠損のない疑似観測データを提供して復元方法の統計的精度を評価、3) 次にデータを取得するべき地点の判断に活用、4) データ同化によって復元に利用。また、古気候モデリングにとっても、データと比較することによって次のようなメリットが考えられます:1) モデルの信頼性を評価、2) 気候システムの特性(例:気候感度)を推定、3) メカニズムから予測される結果の検証。このように、データとモデルの両コミュニティが協力し合って研究を進めていくことが多くの成果をもたらします。


(2015.05.29)

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