最終更新日: 2012年8月21日

はじめに 〜海洋と気候〜

気候とは?

「気候」という言葉を使うときに我々が通常意識するのは、陸上の地表面付近における寒暖・乾湿といった、人間の生活に直接関わる気候でしょう。しかし、気候という語は場合によって、はるか上空の大気の状態や深海の状態までも指すことがあります。そして、私たちに身近な意味での気候は、上空や深海の状態と密接に関連して存在 し変動しています。すなわち、私たちが肌に感じる気候の状態がどのように決まっていてどのように変動するのかを知るためには、より広い範囲での気候を取り扱わなければなりません。

この「より広い範囲での気候」を考える上で、「気候システム」もしくは「気候系」という言葉が使われます。私たちが肌で感じる気候は地表面付近の大気の状態ですが、先ほども述べた通り、その状態の決まり方は地表面付近の大気のみを考えていたのではわかりません。その考えるべき要素をすべてまとめたものが「気候システム」です。気候システムを考える場合には、物理的な特徴によって全体をいくつかの構成要素に分けて考えることが一般的です。その分類の仕方は一通りではありませんが、例えば大気(地表面付近からはるか上空まで)・海洋(海面から深海まで)・雪氷(積雪・氷河・氷床・海氷など)・陸面(土壌・植生・河川など)という分類が考えられます。その上で個々の構成要素の振舞と構成要素間の相互作用を考えることになります。

では、もう少し具体的に、気候の状態はどのような要因によって支配されていて、気候システムを構成する個々の要素とそれらの相互作用は気候の状態を決定付ける上でどのような働きをしているのかを考えてみましょう。

気候「システム」とは?

地球上の気候がどのように決まっているかを考えるとき、最も重要な要素は気候システムが太陽からの放射エネルギーを受け取っていることです。大気や海洋には運動 (流れ)が存在し、その運動が気候の状態を決定づける上で非常に重要な働きをしますが、その運動をもたらすエネルギー源のほぼすべては太陽から受け取る放射にあり ます。またそれ以前の問題として、気候システムが太陽から受け取る放射エネルギーの量は気候システムの全体的な温度がどれくらいになるのかをコントロールしています。簡単なところでは、太陽と地球の距離が近ければ受け取る太陽放射量が多くなって地球は温暖になり、遠ければ寒冷になります。あるいは、太陽と地球の距離が変わ らなくても、太陽の活動に変化があってエネルギー放射量に変化があれば、それに伴って地球の気候システムの温度も影響を受けます。

そのような意味で、気候系が太陽から受け取る放射エネルギーの量は気候システムがどのような状態にあるべきかを決めるおおもとの原因のようなものなのです が、実は気候システムの状態そのものがその受け取る放射エネルギー量に影響を及ぼします。太陽からやってきた放射の一部は気候システムに吸収されることなく反射されるのですが、この反射される割合が雲・大気中エアロゾル(空気分子よりはかなり大きいが人間の目には見えない程度の小さな浮遊粒子)・ 雪氷・植生分布などに影響されるからです。

長い目で見た場合、気候システムは太陽から受け取った放射エネルギーと同じ量のエネルギーを別の形で宇宙空間へ向けて放出しています。そうでなければ地球はどんどん温暖化あるいは寒冷化していきます。あらゆる物質はそれが持つ温度(温度以外の要因にも依存しますが)に応じてエネルギーを放出しており、温度が高いほど多くのエネルギーを放出します。気候システムが吸収する太陽放射エネルギーが大きければその分気候システムの温度は高くなり、気候システムはより多くのエネルギーを放出します。つまり、気候システム全体で見た場合には、吸収する太陽放射エネルギーと同じだけのエネルギーを放出できるように気候システムの温度が決まることになります。ちなみに、大気中に含まれる二酸化炭素が多くなると、地表付近の温度が同じであるとした場合、宇宙空間へ向けたエネルギー放出が抑えられます。したがって、太陽から受け取るエネルギー量が同じでも、大気中の二酸化炭素量が多くなると地表付近の温度は高くなります。これが温室効果と呼ばれるものです(実際の温度上昇に対しては、二酸化炭素増加を原因とした水蒸気量の増加などの二次的な要因が大きく働きます)

仮に雪氷や雲の分布などが固定されていて、気候システムが太陽から受け取るエネルギーの量が決まっているとしましょう。これは例えば、地表付近の平均気温が決まることを大雑把に意味します(大気中の二酸化炭素濃度等の条件が決まった上でですが)。平均気温が決まっても、具体的にどの場所がどの程度の気温になるかまでは決まりません。

気候システムに入ってくる(結果的に反射されてしまうかどうかは問わない)太陽放射エネルギーの量は場所によって違い、年平均では赤道上で最大となり、緯度が高くなるにつれ少なくなっています。気候システムに吸収される量は地表の状態(海陸・植生・雪氷など)や雲などに影響されますが、緯度ごとに平均してみると基本的には緯度が高くなるにつれて少なくなっています。太陽放射の吸収の大部分は地表面もしくは海面で行われるため、地表付近の気温は一般的に高緯度ほど低くなる傾向があります。先ほど述べた通り、気候システムは宇宙空間に向けてエネルギーを放出しており、その全量は低緯度から高緯度までを合わせた気候システム全体に吸収される太陽放射エネルギーと等しくなっています。気候システムが吸収する太陽放射エネルギー量と気候システムが宇宙空間に向けて放出しているエネルギー量は人工衛星からの観測で知ることができるのですが、緯度ごとに見た場合、低緯度では吸収するエネルギー量が放出するエネルギー量よりも多く、高緯度ではその逆になっています。

もしエネルギーが低緯度から高緯度へ運ばれていなければ、低緯度は際限なく加熱され、高緯度は際限なく冷却されていくことになります。実際には低緯度から高緯度へのエネルギー輸送が存在するためにそのようなことは起こっていないのですが、そのエネルギー輸送を担うのが大気や海洋の流れです。単純に言えば、暖かい空気・海水が高緯度方向に移動し、また冷たい空気・海水が低緯度方向に移動することにより、熱エネルギーが高緯度に向けて運ばれます。その結果、大気や海洋による低緯度から高緯度へのエネルギー輸送が存在しないという仮想的な場合に比べて、低緯度は低温に、高緯度は高温に保たれます。そしてまた、そうであるからこそ、低緯度では吸収する太陽放射エネルギーよりも少ないエネルギーしか宇宙空間に向けて放出しておらず、高緯度では吸収するよりも多くのエネルギーを放出することができるのです。

すると次に、この高緯度側への熱エネルギー輸送の担い手である大気・海洋の流れがどのようにしてできているのかが問題になります。その直接の原因は大気・海洋の温度(海洋の場合は塩分も)が緯度によって違うことにあります。低緯度と高緯度の間の温度差が大きいほど強い流れを生じ、 熱エネルギーの輸送量も大きくなります。しかしまた一方で、流れによってもたらされた熱エネルギーの輸送は低緯度と高緯度の間の温度差を小さくする働きをします。この熱エネルギー輸送と低緯度−高緯度間温度差についてはどちらが原因でどちらが結果と言うことはできず、両者が同時に決まっているとしか言えません。そして温度と流れの分布は大気と海洋で独立に決まっているわけではなく、海面を通しての熱交換によって相互に影響を与え合っています。そしてまた、いままで忘れておいたことですが、大気・海洋の温度分布は雪氷や雲の分布と密接に関係していて、気候システムが吸収する太陽放射エネルギーの量に影響を及ぼします。

気候システムに入ってくる太陽放射エネルギー量は空間的にだけでなく時間的にも変化します。この時間的変化の原因としては、太陽活動の変化と太陽と地球の位置関係の変化があります。その中でも私たちにとって身近でありかつ変動幅が大きいものは日変化と季節変化です。これらに対する応答として気候にも日変化や季節変化が存在します。その変動幅がどの程度の大きさになるのかもやはり気候システムの状態に依存しますし、着目する変動の周期によって重要な働きをする要素やそ の働き方が違ってきます。そしてまた、太陽放射エネルギー量に時間変化がある場合とない場合とでは、長い時間の平均で見たときの気候システムの状態にも違いが現れます。すなわち、もし気候システムに入ってくる太陽放射エネルギーに季節変化がなかったとすると、気候に季節変動がなくなるばかりでな く、年平均した気候の状態も大きく異なるものになってしまいます。したがって、気候システムに入ってくる太陽放射エネルギー量に周期的な時間変化が存在し、それぞれの周期の変動に対して気候系の各要素が異なる熱的・ 力学的応答をすることが、実際の気候の状態を決めるために重要な要因となっているのです。

また、こうした太陽放射エネルギーの変動に対する応答としての変動以外にも、気候システムには内部変動(あるいは自然変動)と呼ばれる、気候システム内の各要素の相互作用の結果として気候システム自らが変動幅や周期を決めるような変動もあります。そのよく知られた例はエルニーニョ現象です。 こうした内部変動が気候システムのどのような要素がどのように相互作用した結果として存在するのかも気候を考える上では非常に重要な問題ですし、それはまた長い時間の平均という目で見た場合の気候の決まり方と独立ではありません。

気候の状態はこうした様々な要素がお互いに影響を及ぼしあって決まっているのですが、例えば現在の気候の状態がこれらの要素がどのように影響しあった結果なのかということは十分にわかっているわけではありません。そして、そのようなことに対する理解なしに、気候変動を理解することはできません。ここまでに述べたような観点から、気候が現在や過去(たとえば氷河期)に実現された特定の状態にある必然性を考え、あるいは気候変動がどのような気候システム内のメカニズムに支配されて起こるのかを調べることが、気候を「知る」ことにつながるのです。

気候において、とくに海洋に着目する動機は?

熱の輸送量という観点では、場所によって違いはありますが、大気と海洋は同じくらいの熱を低緯度から高緯度に向けて運んでおり、低緯度と高緯度の間の温度差を緩和する役割を果たしています。その意味では大気と海洋でどちらが特に重要であると言うことはできません。しかし、大気と海洋では熱の輸送をもたらす流れがどのような要因で支配されており、何らかの変動があったときにどのように応答するかという点で大きな違いがあります。

その意味において大気と海洋の違いでまず注目すべきなのは両者の熱容量の違いです。熱容量とは、ある量の熱エネルギーが与えられたときにどれだけの温度上昇が生じるかを示す指標です。海洋全体の熱容量は大気全体の熱容量の1000倍以上あり、例えば大気全体の温度を1℃上げられる熱エネルギーを海洋に与えた場合、海洋の平均温度は0.001℃も上昇しません。こうした熱的慣性の違いは、大気・海洋それぞれに実現される運動の変動性における違いとなっても現れ、大気に比べて海洋の大規模な運動は変動しにくく、変動する場合でも長い時間をかけてゆっくりと起こることになります。そのため、 長時間平均で見た場合の気候の決まり方や(現在と氷期の間のような)大規模な気候変動の起こり方においては海洋が重要な役割を果たしていると考えられ、海洋という観点から気候を考えることが求められます。

そしてもうひとつの大きな動機として、大気と比べた場合、海洋内部の現象やそれを支配する物理的メカニズムには未知のものがまだまだたくさん存在するという事実があります。これは観測が困難であることによるところが大きいのですが、その困難さは観測機器の設置・維持に関する費用的あるいは技術的な問題とともに、先ほど述べた熱的慣性が大きいために流れがあまり大きくなかったり物理量の変動幅が小さいためでもあります。ただし、長い時間の平均という目で見ると海洋の変動は穏やかなのですが、海洋の大規模な循環をコントロールする役割を持つ現象(具体的なことは個々の 「研究テーマ」で述べます)には短期間で激 しく変動するものが存在し、その変動の中で海洋の大規模な構造が作られているということもまた事実なのですが、そうした現象こそ観測は非常に困難です。全海洋の循環像とその成因を自信を持って示すことのできる海洋物理学者は世界中のどこにもまだいないのです。そうした未知の部分が大きい海洋の物理的研究・理解を進めながら、新しく得られた知見をもとに気候の未解決の問題に取り組んでいくところにも、海洋を視点として気候を研究することの意義と楽しみがあります。

ひとつ上に戻る

CCSRホームページへ