最終更新日: 2012年8月31日

千島列島付近の強い混合が作る北太平洋の浅い熱塩循環と深層熱塩循環

海洋内部の微小スケール混合過程と全球規模熱塩循環の関わり」で述べたように、熱塩循環の上昇流には混合による浮力獲得が必要です。混合による浮力獲得とは、高密度(主に低温であることによる)な深層水が上方に存在する比較的低密度(高温)の海水と混合することで低密度化することです。深層水が低温なのは深層水が作られる領域の海面では冷却を受けるからです。一方、深層水が上昇するときに獲得する浮力の源は、深層水形成領域以外の海面における加熱です。そして、海面で得た熱を深層に伝える役割を果たすのが混合です。したがって、深層水が浮力を獲得して上昇するためには、浮力を獲得する道筋が海面までつながっていなければなりません。

現在の気候において、北太平洋では数千メートルの深海に高密度水を供給するような深層水形成は起こっていません。したがって、北大西洋高緯度や南極周囲で起こる深層水形成から最も遠くに位置する北太平洋は、深層水形成を起点とする全球規模熱塩循環の終点と考えられています。逆の見方をすると、北太平洋において深層水の上昇をもたらす混合現象が、全球規模熱塩循環を北太平洋まで引き込んでいるとも言えます。

海洋内部の微小スケール混合過程と全球規模熱塩循環の関わり」で述べたように、海洋の混合強度の分布はまだよくわかっていない部分が大きいですが、これまでに行われてきた観測や理論的研究では、北太平洋の外洋域では十分な量の深層水上昇をもたらすほどの混合がないことが示唆されています。海洋大循環モデルで外洋域に見られる混合強度を太平洋全体に対して適用して流れを求めてみると、北太平洋にはほとんど深層水が入らないという結果が得られます。そのため、北太平洋で深層水の上昇を支える混合現象の大部分は、陸地に近い周縁部で起こっているものと考えられます。

北太平洋とオホーツク海の境目である千島列島の周囲では、強い潮流を起源として強い混合が存在することが知られています。この混合は海峡付近の海底で最も強く、上方にいくほど弱くなり、上層(海面から深さ 200-300 m 程度まで)では顕著に大きな混合はありません。上で述べたように、深層水が上昇するためには、究極的には海面で得られる熱(浮力)を深層に伝えなければなりません。千島列島周囲の混合では、深さ 200-300 m より下では混合現象が浮力を伝えますが、混合では海面までは浮力獲得の道筋がつながっていません。このような状況で、千島列島周囲の混合は深層水を北太平洋に引き込むことができるのでしょうか。

海洋大循環モデルを用いて、千島列島付近の混合強度について、1) 特に強くない場合、2) 海面から深海まで強い場合、3) 深さ 200 m から深海まで強い場合の 3 通りの流れを求めると、1) では北太平洋に深層水は引き込まれず、2) と 3) ではともに引き込まれるという結果になります。2) の場合は混合によって海面まで浮力獲得の道筋がつながっているので期待通りの結果ですが、3) がそのようになることは自明ではありません。深層水を引き込むという意味では 2) と 3) は同じような結果になっているのですが、その深層水がどのように上昇するかについては大きな違いがあります。千島列島付近の緯度において、2) では深層水が海面付近まで上昇してから南へ戻りますが、3) では深さ 1000 m 程度までしか上昇せず、その深さで南へ戻ります(図1)。そして 3) では 1000 m よりも上に、逆向きに回る、すなわち千島列島付近の緯度において海面から深さ 1000 m 程度まで沈み、その深さで南に流れるような循環が同時に現れます。深層水形成が起こっているわけではないのに深さ 1000 m にも達するような下降が起こるのは、古典的な熱塩循環の考え方の下では予想外のことです。

図1: 海洋大循環モデルで求めた太平洋の子午面流線函数(東西方向に積分した流れの流線函数)。(左) 2) と 1) の差。(右) 3) と 1) の差。2) と 3) それぞれの場合について、1) と比べて矢印で示したような循環が強化されることを示す。Kawasaki and Hasumi (2010) より。

なぜ下降が起こるのかについての理由は熱塩循環の原理から説明できるのですが、込み入った話になるのでここでは割愛します。ここで述べておくべきことは、3) の場合には海面から深さ 1000 m までに作られたこの浅い熱塩循環が、海面で獲得した浮力を深さ 1000 m まで運ぶということです。これによって深層水が浮力を獲得する道筋が海面までつながり、海面まで達しない強混合の下で深層水を北太平洋に引き込むことが可能になっています。



参考文献

Kawasaki, T., and H. Hasumi (2010): Role of localized mixing around the Kuril Straits in the Pacific thermohaline circulation, Journal of Geophysical Research, 115(11), C11002.

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