最終更新日: 2004年6月29日

全球規模熱塩循環に対する風の影響

海洋内部の微小スケール混合過程と全球規模熱塩循環の関わり」にも述べられている通り、熱塩循環の湧昇をもたらすものは鉛直混合による浮力の獲得ですが、その浮力の獲得を他の要素が助けることがあります。その要素のひとつが風です。

海面を吹く風は海面から水深 10 m 程度の深さの間にエクマン流と呼ばれる流れをもたらします。この流れの強さは風の強さに比例します。流れの向きは深さとともに変化しますが、深さ方向に平均すると北半球(南半球)では風の向きに対して直角右(左)向きになります。どちらの半球でも西風は赤道向きのエクマン流を、東風は極向きのエクマン流をもたらすことになります。海上を吹く風は低気圧・高気圧の分布やその他の要因で時間的にも空間的にも大きく変動しますが、平均的に見ると南北方向よりも東西方向の風速が大部分で卓越し、中緯度では西風(偏西風)、低緯度では東風(貿易風)が吹いています。海上を吹く風の東西方向成分は南北方向のエクマン流をもたらすわけですが、その風の強さ・向きが緯度とともに変化する場合、南北方向のエクマン流の速度が南北方向に変化 し、エクマン流の収束または発散を生じます。そして、エクマン流が収束する場所では下降流が、発散する場所では上昇流が生じます。この上昇流が深層水を持ち上げる結果、鉛直混合による浮力の獲得が強化されます。

大西洋深層には、2000-3000 m 深を南下する深層水経路と 4000 m 以深を北上する深層水経路が存在します(図1左)。大西洋の深層循環を子午面循環の形で見ると、大西洋深層の子午面循環は、上層を北上して北大西洋高緯度で下降し 2000-3000 m 深を南下する循環と、4000 m 以深を北上し つつ上昇し 2000-3000 m 深を南下する循環のふたつの熱塩循環セルに分かれます(図1右)。このうち上に存在する熱塩循環セルに対して、風が特に大きな影響を及ぼします。

deep water paths  Atlantic deep circulation

図1: (左)深層水の経路の概念図。緑はグリーンランド海およびラブラドル海で形成される深層水で、大西洋の2000-3000m深を南下する。紫は南極周囲で形成される深層水で、大西洋および太平洋の4000m以深を北上しつつ湧昇する。(右)海洋大循環モデルでシミュレートされた大西洋子午面循環流線函数。東西方向に積分した流れの緯度−深さ面内での流線函数を表し、等値線に沿って極大値を右に見る向きに循環が存在する。Hasumi and Suginohara (1999) より。

南大洋(南極大陸を取り囲む海洋)上には主として西風が吹いていますが、この西風の強さを変える実験を海洋大循環モデルを用いて行うと、さきほど見た大西洋子午面循環で上側に存在する熱塩循環セルの強さが、西風の強さに比例するという結果が得られます(図2左)。南大洋上の風を止めてしまうと、この熱塩循環セルの強さは0ではありませんが、非常に弱いものになります(図2右)。

NADW volume transport     Atlantic deep circulation without SO wind

図2: (左)南大洋上の風の強さを様々に変えた場合の大西洋子午面循環の流量。横軸は南大洋上の風を何倍にしたか、縦軸は○・×それぞれ異なる地点における大西洋子午面循環の流量。(右)南大洋上の風を止めた場合の大西洋子午面循環流線函数。Hasumi and Suginohara (1999) より。

熱塩循環の下降流・上昇流はそれぞれ浮力の喪失・獲得に対応するわけですが、これは海面で見ても同じことです。熱塩循環の下降域は海面で浮力を失い、上昇域では浮力を獲得します。浮力を決めるものには、加熱・冷却という熱的側面と低塩分化・高塩分化という塩分的側面がありますが、ここでは熱的側面だけを考えます。このとき、熱塩循環の下降域は海面で冷却を、上昇域は海面で加熱を受けていることになります。海面での熱の出入りの全てが熱塩循環に対応するわけではありませんが(図3左)、先ほど示した南大洋上の風の強さを変えたいくつかの実験の間で海面の熱の出入りの差をとると、熱塩循環の強さの違いが海面での熱の出入りとどのように対応しているのかを知ることができます(図3右)。それによると、大西洋子午面循環の上側のセルで表される熱塩循環が強まった場合には、北大西洋高緯度で海洋はより熱を失い、南大洋(の大西洋セクション)で海洋はより熱を獲得していることがわかります。すなわち、南大洋上の風は海面での熱の出入りに影響を及ぼすことで熱塩循環強度に影響を及ぼしていることが示されます。

Heat absorption (control)     Heat absorption (difference)

図3: (左)標準の風を与えた実験における、各緯度帯において海面で吸収される熱量。(右)標準の風を与えた実験における海面熱吸収量から、南大洋上の風を止め た実験における海面熱吸収量を引いたもの。Hasumi and Suginohara (1999) より。

南大洋上の風を強めた場合には、南大洋におけるエクマン流の発散に伴う上昇流が強くなります。このため、南大洋で深層水は上に持ち上げられ、その結果として南大洋の上層では鉛直方向の温度勾配が大きくなります。このため、鉛直混合をもたらすエネルギーが同じでも(「海洋内部の微小スケール混合過程と全球規模 熱塩循環の関わり」参照)浮力の獲得量は大きくなり、それに伴って熱塩循環の湧昇流は強まり、熱塩循環全体が強化されます。そして、先ほど見たように、海洋上層における浮力の獲得は海面での浮力の獲得としても現れます。



参考文献

Hasumi, H., and N. Suginohara (1999): Atlantic deep circulation controlled by heating in the Southern Ocean, Geophysical Research Letters, 26, 1873-1876.

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