最終更新日: 2012年8月29日

海氷モデル開発

海氷とは

海氷は海水が凍ってできたものです。海上には氷山という氷も存在しますが、これは陸上の氷床が海上にせり出して切り離されたもので、海氷とは別物です。氷山は真水でできており、新しくできた状態では十メートルを大きく越える厚さをもちます。一方、海氷には塩分が含まれ、その厚さが十メートルを越えることは稀です。

現在の気候状態において、海氷は南大洋(南極大陸の周囲の海洋)と北極海を中心とした北半球高緯度海洋に存在します。図1、図2にそれぞれ北半球と南半球の人工衛星から観測された海氷分布を示します。季節を問わずに海氷が存在するのは北極海のみで、他の領域では夏季には融けてしまいます(南極大陸沿いのごく一部には夏でも海氷が残る場所があります)。北極海の中央部には 3 m 程度の厚さの海氷が存在し、北極海のカナダからグリーンランドにかけての沿岸には流れによって海氷が押し付けられるために 10 m 近くの厚さの海氷が存在します。一方、夏季に融けてしまうような場所では、海氷の厚さは最大でも 1 m 程度にしかなりません。

Arctic winter sea ice     Arctic summer sea ice

図1: 北半球の海氷分布。1978年から1987年の平均。2月(左)と8月(右)。色は海氷密接度(ある領域の何パーセントが海氷に覆われているか)を示す。 北極点付近は人工衛星の軌道上にないためにデータがない。

Antarctic summer sea ice     Antarctic winter sea ice

図2: 南半球の海氷分布。1978年から1987年の平均。2月(左)と8月(右)。色は海氷密接度(ある領域の何パーセントが海氷に覆われているか)を示す。

これらの場所に存在する海氷は、湖の氷のように一体化した一枚の氷が全体を覆っているわけではなく、図3に示すように氷板(ice floe)と呼ばれるものの集合体となっています。この集合体としての海氷を表す場合には流氷(pack ice)という語を用います。一枚の氷板の大きさは、小さいものでは数メートル、大きいものでは数キロメートルに達します。これらの氷板は風や海流の作用を受けて動きます。その過程で氷板どうしがぶつかると、ぶつかった場所では氷板が破壊されて押しつぶされ、結果的により厚い海氷を作ります。3 m を越える厚さを持つ海氷は基本的にはそのような過程を経なければできません。また、大きな氷板は風などから受け取る力が場所によって大きく異なるため、場合によっては割れてしまいます。そのようにして、厚い氷が覆う北極海の中央部でも、海氷はすき間なく海面を覆っているわけではなく、常に 2-3 % のすき間 (lead)が存在します。他の領域ではもっと多くのすき間が存在します。

pack ice

図3: 航空機から撮影された北極海海氷。

冬季に海氷にすき間ができると、そこでは暖かい海面が冷たい大気に直接さらされるため、速やかに新たな海氷が生成されます。これはまた、すき間では大気が多くの熱(と水蒸気)を獲得するということでもあります。厚い海氷が存在する場所では大気と海洋の間の熱交換は著しく阻害されます。冬季の北極海では、大気と海洋の熱交換のうちの半分は、わずか 2-3 % しか存在しないすき間において行われています。したがって、極域の気候の状態を考える場合には、海氷の存在や生成・融解はもちろんのこと、そのすき間の存在、そしてどこにどうしてどれだけのすき間ができるのかを考えることが大切になります。

海氷を数値モデルで表現する

全球規模の気候現象を扱う数値モデルにおいては、水平方向の格子幅は数十 km から 100 km 以上になります。上で見たとおり、その程度の大きさの一格子内には多数の氷板が存在し、それぞれの氷板がぶつかったり割れたりするなど、変化に富んだ状態が存在します。モデルでは一枚一枚の氷板を扱うわけにはいかず、その集合体としての流氷が全体としてどのような力学的・熱力学的性質を持つのかを記述しなければなりません。したがって、「海洋大循環モデル開発」で挙げたところのモデルの定式化の部分において、単純な物理法則だけに基づくことができず、モデルの枠組み作りが非常に複雑なものになります。また、海氷は存在しない状態から新たに生成したり、存在するものが融けてなくなったりしますが、そのような過程をモデルで扱うには様々な注意が必要となります。

海氷を数値モデルで表現する場合、その定式化は大きく

に関するものに分けられます。

厚さ分布の定式化

厚さ分布に関する定式化とは、モデルの一格子内で海氷の厚さが様々に異なることをどの程度表現するかです。一番簡単なものは、それぞれの格子の平均の厚さだけを考え、すき間の有無や厚さの分布を全く考えないという方法です。しかし、上で見たとおり、すき間の存在は海氷自身の物理的特性にとってのみならず、 気候における海氷の役割という面からもとても重要なものなので、このような方法で海氷をモデル表現することはほとんどありません。

すき間だけはとりあえず表現しようと思うならば、一格子の中で海氷が覆う割合(密接度)と海氷が覆っている部分での平均の厚さという二種類の変数を扱うという方法が考えられます。さらに進んで、一格子の中での海氷を、0-10 cm, 10-50 cm, 50-100 cm, ... などのいくつかの厚さカテゴリーに分類し、それぞれのカテゴリーがどれだけの割合を占めるかを扱うという方法もあります。海氷変動においては厚さ 1 m を下回るような薄い海氷の挙動が重要となるため、このような厚さ分布を考慮したモデルが最近ではよく用いられます。

下に述べる熱力学の計算はそれぞれの厚さカテゴリーごとに行うことになるので、熱力学の計算量は厚さカテゴリーの数に比例して増えます。それだけではな く、さらにその下で述べる力学過程のうち氷板がぶつかって厚さを変化させる部分においては、ある厚さカテゴリーの海氷が別の厚さカテゴリーとぶつかることでさらに別の厚さカテゴリーの海氷になる、といったことを表現しなければならず、計算量が増えるのはもちろんのこと、力学過程の定式化自体がとても複雑な ものとなります。

熱力学過程の定式化

海氷が存在しない状態から新たに生じる場合、通常はまず海洋表層が冷却によって過冷却となり、海洋の表面というよりは数メートル深で針状結晶 (frazil ice)が生成されることによって海氷生成が始まります。針状結晶は海面に浮かび、それによって海面付近にはシャーベット状の海氷(grease ice)ができます。次いで針状結晶が集まり、蓮葉氷(pancake ice)と呼ばれる直径 1 m 程度の丸い氷板を作ります。そしてさらなる冷却の結果、個々の蓮葉氷が成長したり隣り合う蓮葉氷が一体化しつつ、大きく厚い氷板が形成されます。モデルにおいてこのように複雑な初期成長過程を表現することは非常に困難で、ほとんどの場合は結氷温度に達した海面から徐々に海氷が成 長するというように、かなり単純化して表現します。

Pancake

図4: 海氷生成の初期段階におけるシャーベット状の海氷とその中に存在する蓮葉氷。

十分に成長した氷板について考えると、その下面は海水と接しており、そこでの温度は海水の塩分に依存した結氷温度になります。結氷温度は塩分0に対しては 0℃、塩分35‰に対しては約-1.9℃で、塩分濃度に比例して結氷温度は低くなります。氷板の上面温度は海氷内を通って海洋から伝わってくる熱と海氷上の大気の状態によって決まります。冬季の北極海中央部ならば表面温度(通常は氷板上を雪が覆っており、その表面温度)は-30℃を下回るような低温となり、融解期には0℃になります。海氷は固体なので、海氷の内部熱力学は固体の熱伝導を考えればよく、水平方向にくらべて鉛直方向の温度変化がずっと大きいので、鉛直一次元の熱伝導でたいていは十分です。ただし注意しなければならないことは、海氷内部にはブライン(brine, brine pocket)と呼ばれる濃縮された塩分を含む液体部分が存在し、実際には固体と液体の二相共存状態となっています。このため、海氷を冷却・加熱すると、その一部はブラインの凝結・融解潜熱に消費され、海氷全体としての見かけの熱容量は単なる固体氷よりもはるかに大きなものになります。また、時間とともにブラインは氷板の亀裂を通って海洋へと排出されます。

海氷の成長は海水が新たに凍ることによって生じますから、基本的には氷板の下面のみで起こる現象です。ただし、海氷の成長期には通常積雪が海氷上を覆い、 薄い氷板の上に多くの降雪がある場合には、積雪が海面下に押し下げられることがあります。この場合、積雪は海水を吸って雪氷(snow-ice)となり、氷板を上面から成長させるような働きをします。

海氷が融解する場合、氷板の鉛直一次元の熱力学からは上面および下面における融解が生じますが、それ以外に、氷板間にすき間が存在する ことがより複雑な状況を作ります。すき間から海洋に吸収された熱は、一部は横から海氷を融かして海氷の密接度を減らすように働き、残りは海洋中を伝わって氷板を下面から融かすように働きます。先に厚さが小さくなるのか面積が小さくなるのかは、海氷の存在しやすさや大気−海洋相互作用を考える上では重要な違いです。モデルでは一格子の中で起こる両者を何らかの形で定式化する必要があります。

また、上面での融解で生じた液体水はすぐに海洋へと流れ込むとは限らず、とくに大きな氷板の場合には氷板上にで水溜り(melt pond)を作ります。これは海氷表面のアルベド(太陽光の反射率)を下げる働きを持ったり、夏季に氷板が融け切ってしまわない場合には冬季にそれが再結氷することで海氷を厚くする働きを持ったりします。

ここに挙げただけでも、熱力学過程として考えなければならない現象は多岐にわたり、多くの気候モデルではそのすべてが十分に表現されてはいません。この他にも現実の海氷の熱力学的現象には様々な様相があります。こうした複雑な現象が海盆スケールでの海氷の状態にどのような影響を与え、そしてより大きなスケールの気候にどのような影響を与えるかについては、まだよく知 られていません。

力学過程の定式化

先ほども述べたように、それぞれの氷板は風と海流の影響を受けて動き、その結果として氷板同士がぶつかったり陸に押し付けられた場合には、氷板がつぶれて厚さを増します(ridging)。ただし、ぶつかった場合につぶれるかどうかは氷板の強度に依存します。海氷の強度は海氷の様々な状態(厚さ、温度、過去につぶされたことがあるか、など)に依存します。この過程は特に北極海の海氷を考える場合に重要で、これを考慮せずに北極海の海氷をモデリングすると、結果は現実と全く似つかないものになります。また、これとは別に、薄い海氷どうしがぶつかった場合には、つぶれるのではなくて一方が他方の上に乗り上げる (rafting)ことがあります。このような現象はモデルの一格子内のあちこちで起こる現象で、それを統計的に扱って一格子全体としてはどのような力学的振舞いをするのかを定式化することが必要になります。

Ridging

図5: 氷板どうしがぶつかったところ。



参考文献

ここで用いた図・写真は以下の出版物から採取しました。

Arctic Sea Ice, 1973-1976: Satellite Passive-Microwave Observations, NASA SP-489, National Aeronautics and Space Administration.

Arctic and Antarctic Sea Ice, 1978-1987: Satellite Passive-Microwave Observations and Analysis, NASA SP-511, National Aeronautics and Space Administration.

ひとつ上に戻る