南極周囲は北大西洋北縁域とともに顕著な深層水形成領域として知られている。南極周囲における深層水形成領域に関しては、ウェッデル海とロス海におけるものが主要なものとして従来から認識されてきたが、近年は東南極域(経度が東経で表される南極域)の重要性が指摘されてきている。南極周囲の深層水形成で重要な要素は、冬季の結氷に伴う高塩分水排出による海水高密度化である。人工衛星データ解析から示される通り(図1)、東南極域の沿岸には極めて高い海氷生産量を示す領域が点在している。南極大陸縁では東風が卓越し、南極大陸から沖側に突き出た地形が存在すると、その風下側では継続的に海氷が海岸から引き剥がされるため、局所的に海氷密接度が低い領域が形成される。このようにして形成される低海氷密接度領域は沿岸ポリニヤと呼ばれる。
図1: 人工衛星観測に基づく年間累積海氷生産量(1992-2007年平均)。細線は水深1000mを示す。Tamura et al. (2008) より。
沿岸ポリニヤでは冬季の寒冷な大気に海水面がさらされるため、継続的かつ大量の海氷生成が生じる。海氷が結氷する際には海水が含んでいた塩分のほとんどを排出するため、直下の海水は高塩分化される。これによって高密度水が形成されることは間違いないが、その高密度水は必ずしも外洋の深層を占める深層水につながるとは限らない。南極域は現場観測が特に困難であるため、沿岸ポリニヤの存在など人工衛星による情報を除いては、観測によって得られる情報が極めて少ない。南極周囲における深層水形成およびそれを始点とする深層循環の研究に関してはモデリングに大いに活用すべきであるが、東南極域をターゲットした大規模な数値モデリング研究はこれまでほとんど行われてこなかった。
東南極域全体を数 km の水平格子で覆いつつ、特に顕著な海氷生成を示すメルツ氷河舌領域(図2中の Mertz-Ninnis)をさらに高解像度で表現する座標系・格子系を設定し、メルツ氷河舌領域における深層水形成に関するモデリングを実施した。海氷生産量の再現性は全体的に良く(図2)、少なくとも高密度水形成までに関しては現実性の高いモデリングが保証されている。
図2: (上)東南極域シミュレーション結果および(下)人工衛星データ解析による年間海氷生産量。Kusahara et al. (2010) より。
シミュレーション結果のメルツ氷河舌領域においては、外洋の深層水につながる高密度水の大陸棚域からの流出が表現されている(「南極氷河の崩壊による深層水形成の変化」の図1左下参照)。これに対応する領域の大陸棚縁では夏季に実施された海洋観測データが存在し、シミュレーション結果はそれによく一致している。冬季の観測データは存在せず、これまで深層水の流出過程は不明であったが、このシミュレーション結果からその実態を明らかにすることができた。高密度水形成が冬季に限定された季節的な現象であることは既によく知られているが、その季節的なオン・オフによって大陸棚上の流れ場も季節的に大きく変動することや、冬季に生成された高密度水は翌年を待たずに全て外洋に排出されることが明らかになった。
Tamura, T., K. I. Ohshima and S. Nihashi (2008): Mapping of sea ice production for Antarctic coastal polynyas, Geophysical Research Letters, 35, L07606.
Kusahara, K., H. Hasumi and T. Tamura (2010): Modeling sea ice production and dense shelf water formation in coastal polynyas around East Antarctica, Journal of Geophysical Research, 115, C10006.
Kusahara, K., H. Hasumi and G. D. Williams (2011): Dense shelf water formation and brine-driven circulation in the Adelie and George V Land region, Ocean Modelling, 37, 122-138.