全球規模熱塩循環の始点と言うべき深層水形成は、「海洋深層大循環から気候の成り立ちを考える」で述べられている通り、全球海洋の中でも限られた領域でのみ起こっています。北大西洋高緯度ではグリーンランド海とラブラドル海の2箇所において深層水形成が生じていることが知られており、両者で形成された深層水が合わさって大西洋深層を南下することで、毎秒1000万トン以上におよぶ海水を運ぶ大西洋熱塩循環が形作られています。深層水形成にはいくつかのプロセスが含まれますが、これら2箇所において深層水形成の一番の起点となるのは、冷却によって海面で高密度になった海水が深海まで沈む、深層対流と呼ばれる現象です。
深層対流は極めて狭い範囲で起こるため、その瞬間はなかなか観測では捉えられませんが、深層対流の結果が現れる深海の水温や塩分という間接的な情報から、深層対流の活動の様子をある程度知ることができます。それによると、1970年代から1990年代にかけて、グリーンランド海の深層対流は弱まっていく傾向にあり、ラブラドル海の深層対流は逆に強くなっていく傾向にあったことが指摘されています。この連動した変化がこの期間だけに見られるものなのか、それとも常に連動するのかについては、十分長い期間にわたる観測データが存在しないため、観測データからはっきり示すことはできません。また、この連動が偶然のものなのか、偶然でないとしたらどのような理由があるのかについても、それを調べるために十分なデータが観測からは得られていないため、やはり観測データから示すことはできません。もしモデリングで同様の現象が再現されるならば、これらの問いに回答を与えることができます。
我々が大気海洋結合モデルを用いて、現在に相当する気候の外的強制力(太陽放射および二酸化炭素濃度などの大気組成)を与えて現在のような気候が数百年以上にわたって続くとした場合の数値実験を行ったところ、グリーンランド海とラブラドル海の深層対流活動には、一方が強いときには他方が弱いという、「シーソー」変動がはっきりと認められました。そして、このシーソー変動は、北極海からグリーンランド東岸に沿って流れ出す海氷の量がコントロールしていることが示されました。
図1: モデリング結果における(左)長期間平均した冬季に対流が到達する深さ、(右)グリーンランド海(緑線)とラブラドル海(黒線)の領域平均対流到達深度の経年変動。
Oka, A., H. Hasumi, N. Okada, T. T. Sakamoto and T. Suzuki (2006): Deep convection seesaw controlled by sea ice transport through the Denmark Strait, Ocean Modelling., 15(3-4), 157-176.